複雑・ファジー小説

Re: 【1話更新!】聖使徒サイモンの巡礼【参照400突破!!】 ( No.66 )
日時: 2012/06/21 00:14
名前: 茜崎あんず (ID: 92VmeC1z)



「痛い! お前イキナリ何すんだよ!」
「それより先に何かいうこと無いの?」
「……ごめん」
額に突き刺さるマグカップの破片を慎重に除去しながらも、少年はすまなそうに謝罪する。そして大きくため息をついた少女に向かって再び手のひらを差し出した。
「金貸してくれ……」
「ったくあんたってヤツは。今度は何しでかしたのよ?」

「そうそうそれを忘れないでくれよ!」
慌てて会話に乱入してきたのは先ほど包丁を構えて少年を追い回していたコックである。
「そいつは食べるだけ食べて代金を払わないんだよ。本当は食い逃げ犯として警察に突き出したいところなんだけど、みたところ未成年だし。お嬢ちゃん今回の件は不問にしてあげるからさ、知り合いなら払ってくれるかい?」
ほとほと困り顔でミシェルに懇願するコック。
「……何円くらい?」
「…………十三万五千セント」
「……」
「……」
辺りが沈黙に包まれる。照れたように頭を掻いた少年へとミシェルは再び鉄拳を放った。
「あんた食い過ぎなのよ!」
「仕方ねェだろ腹減ったんだからよ」
「どーでもいいから金払って!」
「私もそんなに持ってないってば」
「嘘だろ!?」
「本当よ、何であんたのためにそんな大金持ち歩かなきゃいけないの!」

「五月蝿い……」
テーブルをゴンゴンとリズミカルに叩きバルト=シュヴァルツは不機嫌そうに呟く。こめかみには青筋がくっきりと浮かび上がり、かなりのイライラが募っているようだ。
「まぁまぁいつものことですし。バルトさん抑えて抑えて……」
必死に神田はフォローしようとするのだがどうやら無駄な努力のようで。次の瞬間には罪なき喫茶店の机が引っくり返され飲み物が散乱するという大惨事が巻き起こる。
「好い加減にしろぉぉぉぉぉおおぉぉ」
黒い皮の財布からセント札が大量に取り出された。その数ざっと三十枚。
「この金でファストの食事代割れた窓ガラス代壊した食器代全てをまかなってくれ我々は急ぎの用があってもうすぐここを出なくてはならんのだわははではそういうわけださようなら」
息もつかずにそう言い切ると彼は勢いよく袖をまくった。露わになった上腕二頭筋がぎゅっと引き締まり自分以外の三人の首根っこを掴む。そこそこの重さはあるはずなのに。
「では失礼する」
「……あ、まいどあり……」
取り残されたその他の者たちは只々呆然とその惨事の後を見つめていた。

◇◆

「本当にお前は馬鹿だなファスト!」
「もう少し後先を考えなさい」
ようやく捕まったユダ=サイモンは、二人に説教をくらい面白くなさそうに頬を膨らます。
「だってよぉ……朝飯食うの忘れてて」

ぶつくさと言い訳する少年を見つめ、神田がぽんと手を打った。
「ああ君はファスト君でしたか」
「今気づいたの?」
「お前鈍感過ぎだぞ!」
「ですよね〜。サイモン君がこんなことやらかすわけ無いですね」
サイモンは解放によって人格が変化するという特異体質を持っている。よって何日か前から解放を解いていないため、ずっとこの人格だったというわけだ。解放状態ーー、ファストである時は知力は減少するが戦闘力食欲が大幅に増加する。
「それでお金なかったのね……」
一回の食事で十万を超えることなどは少年にとっては日常茶飯事なのだ。

悪びれもせずに笑顔を浮かべるファストを怒る気力など無い。
皆は大きくため息をついた。