複雑・ファジー小説

Re: 【5話更新!】聖使徒サイモンの巡礼【参照600突破!!】 ( No.77 )
日時: 2012/07/11 18:59
名前: 茜崎あんず (ID: 92VmeC1z)



「動クナヨ」

金属質な声、いやこれは音に近いだろう。
自分の肩に触れるものに人体特有の暖かみはなく、只々恐怖を煽る。

「なっ……!?」
「動クナ声ヲ出スナ喋ルナ。生ヲ掴ミタケレバ大人シクシテイロ」

頚動脈と喉元に突きつけられた細いそれが、窓から差し込む月光を反射し冷たく光った。彼女ーー、ティア=ミシェルは眠っていただけなのだ。少年キドの家に招かれ寝床を借りる。たったのそれだけ。

彼女に馬乗りになったその者はガスマスクを着用しているため表情が読めない。護身用の短剣を握ろうにも太い腕に体を抑えられ、手足が使い物にならない状態だ。その上、準急所に針である。抵抗が出来なかった。

治癒能力を持ち、高純度のセスタを有するミシェルであれば、早々のことで命を落としたりはしないだろう。しかし自分の戦闘力が落ちることによって、仲間の危険が増大する。それだけは何とかして避けたい。


「トリアエズ……意識ヲ落トスゾ」

空気が動く。凄まじいスピードで。
世界が動きを緩める。一秒を五分と錯覚してしまう程、淡く兎に角緩やかに。

銀色の針が彼女の喉を貫く。白い柔肌のひとつひとつの細胞を貫通し。ありとあらゆる神経が危機を知らせようと駆け巡り。しだいにその銀の毒は奥へ奥へと歩を進め。彼女を形作る内部の赤い糸まで到達し。血管を。ぶち破る。
ミシェルは痛みも憂いも、全てを受け入れる覚悟を決めた。

そんな一秒。


「何やってるんですか」

彼女の服の上を、折れた針が転がった。
それは一瞬。彼の掌から飛んだ十字形のブローチが、ミシェルの喉にかかった銀を切断する。

「ユダ……君?」
「貴女ともあろう方が、風邪でもひかれたのですか? いつもみたいに踵落としでノシちゃって下さいよ」
少年は笑顔を浮かべながらも、壁に突き刺さりまだ振動を続けている聖十字架を引き抜き、再び自身の服に装着した。
「……戻れたの?」
「はい、シャワーを借りた時にファストがうっかり聖十字架を落としてしまったらしく。僕、一段解放の時はあれの下に黒い髪留めをくっつけてるんでその拍子にです」

良かったと呟きゆっくりとベッドから身を起こす。ふと下をみればそこには先ほどサイモンに倒された男が横たわっていた。どうやら彼は針を切断する際に、男の首筋目掛けて10発も手刀を浴びせていたらしい。

「相変わらず容赦ないわね……」

ほんの興味の上で、抱き起こした男のガスマスクに手をかける。自分に手を出した者の顔くらい拝んでおいてもバチは当たらないはずだ。
ゆっくりとホルダーを外し持ち上げる。

「………………嘘でしょ!?」
あの攻撃の鋭さ重さ。てっきり成人男性かと思っていた。
仮面の下から表したその正体はなんと、同じ年くらいの少年である。

「この町は……どうなってるのよ!?」
月の光が静かに部屋の中の三人を照らした。