複雑・ファジー小説
- Re: 【二章更新中!】聖使徒サイモンの巡礼【オリpv作成なう!!】 ( No.91 )
- 日時: 2012/08/20 14:10
- 名前: 茜崎あんず (ID: 92VmeC1z)
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『ぜったいまた会おう』
「なんで……、どうしたんだよアニタ……」
ガタガタと震える足を鞭打ち、ラドルは町の外へ向かって走り出した。
腕に抱えた彼女の弟も状況を分かっているのか、大人しく口を結んでいる。
(……あれは、死ぬ気の目だった)
赤く充血した大きな瞳が自分を刺す。白く華奢な足に映えた切り傷。木靴にこびりつく紅。
彼女が命さえも捨てるつもりでいることは分かった。
止めることなんて出来なかったんだ。
「アイツは、何を護りたかったんだ?」
俺は彼女のなにを知っていたのか。
それすらも分からないんだ。
◇◆
「……ハァっ…………あと十軒……!」
この町の全ての家を巡り、緊急事態を知らせ、住民を町から無事に連れ出す。それが自分の使命だ。
「みんな! 今この町で危険なことがおこってる、早く逃げて!!」
声は枯れ、喉は火でもついたかのようにひりひりと痛む。それでもアニタは叫ぶことをやめなかった。
最後に残るは、障害を持ち家族もなく、働くことができない貧乏な人たちが集まる集落。彼女は全員を救うと決めたのだ。見知らぬ人の手を取り、無理矢理外へ押し出す。
「早く、早く!!」
ラドルに対しああいう言い方はしたが、彼女は命を捨てる気でいるわけでは無かった。まだやりたいことも沢山ある。洒落た格好だってしたいし、恋だってしたいんだ。
「絶対生き残ってやるから」
最後の一人、歩けない少女を背負い、アニタは町の外へとつながる大通りへと足を向けた。
◇◆
「こっちです! みんな落ち着いて、早く逃げて下さい!」
人で埋まる大通りをなんとか誘導し終え、後は個人個人の判断力を信じるだけだ。
安堵のため息を漏らした彼女の服を小さな手のひらが強く握る。
「……どうしたの?」
「ごめんね、カヤが歩けないせいで。カヤの足がおかしいから、お姉ちゃん疲れちゃった」
啜り泣く少女をアニタは優しく撫でた。
「いいのいいの、さぁ、早く逃げよう」
こくりと頷く少女の姿を不意に弟と重ね、彼女は優しく微笑む。どうか、キドとラドルが無事でありますように。そんな祈りを込めて。
ラドルのスピードで走れば、丁度大衆の先頭を行く大人たちと合流できるだろう。
ああ早く会いたい。無事を確かめたい。
「アニターーぁっ!」
前方からくぐもった声が聞こえた。そして、片腕を強く掴まれ引き摺られる。
「えっ……」
「ほらラドルくん、アニタちゃんいたよ」
からからと笑ったのは近所に住む年上の青年だった。
おそらく心配するラドルを案じ、引き合わせてくれたのだろう。
「あっ……ラドル!」
「アニタ、お疲れ」
ぼろりと、不自然なほど大きい涙の粒が零れた。これは今までの不安と苦労と溜め込んできた涙の結晶。
「こらこら、泣いてないでいくぞ」
青年が苦笑して言う。
「タマル牧師の死んじゃったらしいし、今は一刻でも早くここを……」
時が止まったように思えた。
今まで私がしてきたことは何だったのか。ラドルの心を傷つけないように、秘密にしてたのに。
「え」
ぱっかりと開いた少年の瞳孔。その瞳の先には何が映っているの。
それはまるで骸のように、人であらず人であれず。
「嘘だろ? そんな、父さんが死ぬわけ、ないじゃん」
ぱたぱたと、透明な雫が地に落ちる。
冷たいしみが草木を濡らす。
「父さんが死ぬわけない!!」
「貴方が牧師タマルのご子息で、間違いはありませんね」
激昂したラドル。それに向かい赤黒いしたを延ばす狼。体がやけに長い。突然変異かなにかなのか。飛ばす涎が空に撒き散らさる。その牙はラドルを捉えた。瞬時に落ちていた棒を差し込みラドルの腕を引き抜く青年。
狼は標的を変えた。
それはラドルでもなく青年でもなく。
「お姉ちゃ………っ」
首筋に飛び散る体液。あまりにも赤くて熱くて火傷してしまいそうだ。
なんで私は背を向けてしまったんだろう。
ごめんねと握られた小さな手のひら。かよう命。
どさり。力を失ったその物体が地に転がる。
あたりを埋めてゆく血液が彼女の足元をひたひたに濡らした。
「あああああああああああああああああああああああああああああああ」
「おや、外してしまいましたか」
ついさっきまで私にしがみついていたはずなのに。
なんで。なんで。
狼が口を開ける。人臭い赤が滴り落ちた。
口内から零れる少女の頭部。
「皆さんの運命は、ここで終わりました」
私はまた、命の花が枯れゆく瞬間を見てしまったのだ。