複雑・ファジー小説
- ハラワタ共同体。 ( No.12 )
- 日時: 2012/05/03 14:51
- 名前: 緑川 蓮 ◆jNZRGbhN7g (ID: U.L93BRt)
僕と初めて会う人は、たいていぎょっとした顔をする。僕はそのたびに、胸がちくりと痛むような感覚を味わうのだ。今の学校に転入してきたときもそうだった。皆が変な目で僕を見るものだから、学校に居るだけで胸が張り裂けそうだった。どうして、僕を、そんな目で見るの。人の顔なんてどれもこれも、顔の皮を剥いでしまえば、血と肉があるだけなのに。
その話をすると、網代は微笑みながら頷いた。網代は自分が綺麗な顔をしているくせに、顔のかたちだとかそういうことには興味がないみたいだった。
「犯罪者の中にはね、自分から顔を変える人もいるんだ」「どうして?」「警察や僕たち探偵の目をごまかす為さ」なるほど、と思った。「そういう人たちを見てると、かっこいいとか、不細工とかって、結局のところ飾りにしかならないんだってわかるんだ」そうだ、網代は有名な探偵だった。だから、聞きたいことがあるのだった。「ねえ網代」「何かな?」「網代はどうして、この町に引っ越してきたの?」「それはね、最近この町で何件か殺人事件が起きてるだろ?」「そうなんだ」ニュースや新聞をあまり見ない上に他人と会話をすることも少ないので、知らなかった。「うん。それを調査するために来たんだ」。
網代はずっと前に、とある刑事に命を救われたことがあると言った。だから網代はその人に憧れて、今度は自分がその人を助けられるような職業に就きたいと思って、それで探偵になったらしい。
網代が最初に解決したのは、彼が小学校二年のときに、自分の家の近所で起きたひったくり事件だという。近所のおばさんが被害にあったのを、聞き込みを繰り返して、犯人の特徴や事件が起きた状況、そして、近隣住人全員のアリバイを調べて、犯人を絞り出したのだという。犯人は、近所の浪人生だったという。
どんな小学校二年生だよ、と思った。でも、後で調べてわかったのだけど、どうやら本当らしい。当時はニュースにもなったようだ。
「じゃあ、僕とメダマはこっちだから」「うん、また明日。おれは少し神社の方を見てみるよ」「神社?」「この町には来たばかりだから、いろいろと見て回りたいんだ」「そっか。じゃあ、またね」。
網代は、にこにこしながら手を振っていた。
メダマは相変わらず無表情のままでいる。そういえば、メダマと網代は一回も言葉を交わしていない気がした。拗ねてるんだろうか。ごめんね、メダマ。でも、僕が愛してるのはメダマだけだから、安心して。
♪
「それで、何か用かな」網代が行ってしまうのを見送ったおれは、あぜ道の向こうからやってくる彼女に話しかけた。「君は確か、おれのクラスメイトだったね」「記憶力が良いんだね」「一応これでも、探偵やってるから」。
おれと掌の後をずっとつけていたのは、黒髪をツインテールにしたクラスメイトだった。他のクラスメイトが俺のところへ集まる中で、彼女ともう一人、他のクラスメイトはそ知らぬ顔をしていたからよく覚えていた。
それからもう一つ、この少女について判ったことがある。
「尾けてたでしょ」「は?」「おれ達のこと、尾行してたでしょ」「何言ってるの? 私、普通に家に帰ろうとしてただけだから」「君の家は反対方向なのに?」ツインテールの少女は言葉に詰まった。「昨日先生に挨拶するついでに、クラスメイト全員分の資料に目を通しておいたんだ」。
嘘だ。そもそも他の生徒の個人情報なんて勝手に漁ろうものなら、保護者から苦情が殺到してしまう。おれはこの少女の家がある場所など知らなかった。
ただ、あの高校は校門を出ると、目の前に田んぼが広がっていて、帰るには右か左へ行くしかない。住宅街があるのは、右側だ。
それから、彼女が友人を先に帰らせるのを見た。本当に彼女の家と彼女の友達の家がこっち側にあるのなら、別々に帰る必要などないはずなのだ。
これによって、彼女はそっちに住んでいる可能性が高いと踏んだ。
そして住宅街のほうに住んでいるのなら、友達の誘いを蹴って、わざわざおれ達が学校を出るのを見計らって、後からついてくる必要はない。
だからこの少女は、おれ達を尾行したのだと推測した。
「何で、私があなたたちを尾行する理由があるの?」「突如転校してきた高校生探偵。テレビにも出てる。十分理由はあると思うけど」「ごめん、私そういうのあまり興味はないから」「知ってる。さっきクラスに居たときも、おれに話しかけようとしなかったもんね」。
じゃあ、何で。そうでも言いたそうに、少女はおれを睨み付けていた。
♪
事件の捜査のためにこの田舎町へ引っ越してきたのなら、私たちの資料に目を通したことも納得はできる。尾行していたことがばれたのも、向こうが探偵で、そういう事に慣れているからだと思えば合点がいく。
けどおかしなことに、もっと重要なことを見透かされている気がした。
そして、その予感は当たっていた。
「好きなんでしょ、美波掌君のこと」。
心臓が止まった気がした。どうして今日転入してきたばかりの彼が、まだ誰にも話していない、私の秘密を知っているのか。網代はにこにこ微笑んでいて、それが余計に恐ろしかった。
「簡単だよ。教室で僕が美波君の名前を出したとき、それまで興味のない素振りを見せていた君の視線が、一瞬だけこちらを向いた」網代は笑みを絶やさずに言う。「その後、僕らを尾行した。そうなると、考えられる可能性は概ねひとつだけだ」網代は人差し指を立ててみせた。「『転入してきた有名人が、自分の好きな人を呼び出し、一緒に帰ると言い出した。だから気になって後をつけた』ってところでしょ、大方」。
まさに、その通りだった。