複雑・ファジー小説

ハラワタ共同体。 ( No.3 )
日時: 2012/04/30 11:53
名前: 緑川 蓮 ◆jNZRGbhN7g (ID: U.L93BRt)

 少し癖のある髪の毛の、網代というその少年は、美少年と呼ぶのに相応しいと思った。切れ長の目は、優しげな光を湛えている。しかし何より、纏う空気が、同年代のほかの少年とは違うように思えた。なんというか、彼の周りだけ静まり返ったような、そんな雰囲気があるのだ。あくまでそれは雰囲気であり、実際はセミの鳴き声が保健室の中にまで聞こえてきているのだが。

「ごめんなさい、保健室にまで押しかけてきてしまって」網代が口を開いた。澄んだ声だった。「いや、それは構わないのだよ」「具合、大丈夫ですか?」「ああ、だいぶ良くなってきたところだよ。ありがとう」。

 網代は、その喋り方までもが落ち着いていた。通常、生徒が教師と会話するときは、生徒は多少なりとも緊張するものである。しかし網代は全くそれが無いのだ。それは一介の高校生でありながら探偵としてあちこちを渡り歩いてきたからなのだろうか。しかしだからといって、傲慢というわけでもないように思える。よほど聡明で素直な少年なのだろうと、二言三言会話を交わすだけで、十分に理解できた。

「ところで、キミがこんな田舎の高校まで来たのは、やはり例の連続殺人事件が理由かな?」「はい、その通りです」網代は頷いた。「まあ、その何だ。キミがその齢で優秀な探偵なのはわかるが、あまり危ない真似はするなよ。まだキミは子供なのだから」「ええ、ちゃんとわかっていますよ」網代はにこりと微笑んだ。

 最近この田舎町では、立て続けに殺人事件が起きている。しかも犯人がやり手なのか、未だに逮捕されていないのだ。今話題の高校生探偵がこの田舎を訪れるには、十分な理由だと思った。それと同時に、あまりにも危険だと思った。しかし、彼を止めるべきかどうかも判らない。
 それじゃあ、僕はこれで。網代はそう言って笑顔で会釈すると、保健室を出て行った。緩やかに扉が閉められた後、だんだんと足音が遠のいていく。
 私は、網代という少年の聡明さが羨ましくもあり、同時に可哀想に感じた。きっとその聡明さゆえに、多くのものを周りの大人から背負わされてきたのかもしれない。それでよくひねくれずに真っ直ぐ育ったものだと感心した。



   ♪



「ぬぼぁーふぅーん」変な声を上げてしまった僕。しかしその声はむなしく、一面の田んぼに吸い込まれて行った。「むなしいねえ」。

 凄く暑い。雲ひとつ無い青空で、太陽はゴキゲンである。このやろう、人の気も知らないで。と、心の中で悪態をついてみたけど、太陽がそれに応えてくれるはずもなかった。むなしいねえ。
 しかしメダマは相変わらず汗一つかいてやしない。まるで彼女だけ、海辺の砂浜にでも居るかのようだった。僕はからっからの砂漠のど真ん中である。たった三十センチの差が、とんだ違いであった。
 どうしようか、このままでは溶けてしまう。もしくは、僕の照り焼きの出来上がりである。こんがりである。

「溶けたら飲んだげる。照り焼きになったら食べてあげるよ」メダマが涼しげな顔をして言った。「うん、お願い」ああもう、メダマはかわいいなあ。

 メダマに飲食されるのなら、溶けたり焼かれたりするのも悪くないかもしれない。がんばれ、太陽! と、心の中でエールを贈ってみたけれど、太陽は相変わらず知らん振りをしていた。
 ああ、歩いても歩いても、進んでいる気がしない。あとどれだけ歩けば、このあぜ道を越えられるのだろう。帰ったらパンクしている自転車のタイヤに、空気を入れよう。そう決意した。
 そのまえに、一休み。あぜ道の隅に腰掛ける。メダマも僕の隣に、ちょこんと足を抱えて座る。あぜ道の隅は雑草が生えているから、白いワンピースに砂埃がつく心配は無かった。
 メダマの横顔は、美しかった。肌は陶器のように白くて、綺麗だった。この世のものとは思えないほど美しいというのは、まさにこのことを言うのかもしれない。
 僕の視線に気づいたのか、メダマは僕のほうを向いた。

「何?」「なんでもないよ。メダマの横顔を見ていただけ」「そう」。

 メダマはまた前を向いた。どこを見ているというわけでもなく、ただ遠くを眺めているだけらしい。メダマの視線の先、ずっと先には、青い山があった。

 何年か前に、僕ら二人は『ある事件』に巻き込まれた。被害者は全部で四人。メダマと、メダマの母さんと、僕と、僕の父さん。そして、生き残ったのは僕とメダマだけだった。僕の父さんとメダマの母さんは、バラバラにされて死んだ。殺された。僕はというと、顔を切られて、足と腕を切り落とされて、内臓が飛び出しながらも、命だけは助かった。
 メダマのお母さんは綺麗な人だった。それでいて、優しい人だった。僕の父さんは、あまり喋らないし無愛想だったけど、優しかった。
 そして二人は僕たちの目の前で解体された。綺麗な顔がはがれて血と肉が出てきた。だんだん人の形ではなくなっていった。そのうちに、潰れたトマトが並んだようになっていった。
 僕の父さんとメダマの母さんの次は、僕の番だった。それで、それで、

「だいじょうぶ?」メダマが僕の顔を覗き込んでいた。「大丈夫、だ、よ。ありがとう、メダマ」。

 苦しい。今にでも吐いてしまいそうだ。これ以上思い出したくもなかった。無理に思い出そうとすれば、たぶん気が狂ってしまう。身体の中が、締め付けられるように痛い。ちくしょう、最悪だ。

「ねえ、君。大丈夫?」不意に、後ろから声がした。綺麗な声で、一瞬男か女かわからなかった。「救急車を呼ぼうか?」「いや、いらない。大丈夫」

 振り返ると、立っていたのは、少し癖のある髪の毛の美少年だった。ウチの学校の制服を着ているけど、その顔に見覚えはない。誰だろう?