複雑・ファジー小説
- Re: 不器用な天使 ( No.2 )
- 日時: 2012/05/10 12:56
- 名前: 風弦 (ID: 1VSk00VJ)
- 参照: http://hugen.web.fc2.com/tensitop.html
第一幕、天使以外の何者でもない。
時は夕刻で、空は茜色の染まり輝いている。沈みかけた太陽は山の向こうへとゆったりと移動している。
鈴原学園でも授業が終了し、生徒達は帰りの支度を済ませて教室から出る者ばかりで、残っているのはわずかだった。
桜坂ユナも他の生徒と同様に帰りの支度をしていた。黒い鞄に教科書をしまい、席から立ち上がる。
「やっと帰れる」
一つ、ため息を吐く。
彼女にとって勉強は苦行だった。正直頭の出来は良くないので授業についていけないことがほとんである。
そういうわけで、学校にいるよりも家にいる方が好きという考えになっている。
そんなユナの元に一人の少女が駆け寄って来る。
淡い金色のふわふわした髪に可愛らしい顔立ち、目はくりくりしてて背は低く、実際の年齢より幼く見える。
にっこりと愛らしい笑顔を浮かべて口を開く。
「ユナちゃん、一緒に帰っていい?」
「いいけど、真央の家は反対方向じゃなかった?」
ささやかな疑問を投げつけた。
「帰りにケーキ屋でケーキ買って来いってお使い頼まれてるの。ほら、ケーキ屋ってそっちの方向にしかないもん」
「そっか」
納得して、真央と教室を出た。
学校を出て帰宅路へ出るとちらほらと同じ学校の制服を着た者達が目についた。
彼等のなかには、すれ違うとこちらを見てくる者もいた。
基本的に注目を集めているのはユナではなく、真央だった。真央は学校内ではそこそこ有名人である。
小さくて可愛らしい容姿が人目を引いているらしく、人気者である。真央のことを幼女と呼ぶ者も多いがユナは流石にそう呼んだことはなかった。
(むしろあの呼び方は馬鹿にしてるんじゃ……)
「ねえ、ユナちゃんは天使っていると思う?」
突然の問いかけに固まってしまった。別に天使の意味が分からないなどということではない。
天使なら、神話やあるいは小説などでもよく登場していて一般的に知られているのは間違いない。
しかし、実際にいるかどうかと聞かれれば答えはノーだった。
ユナは怪訝そうな顔を真央に向けて言葉を発する。
「それは、いないと思うけど、まさか信じてるの?」
「そうだよ。ユナちゃんって夢見ないんだねー。えへへ、いたらいいなって」
「いないよ、流石に」
「でも、幽霊がいるんだからいてもおかしくないんじゃないかな? 私って霊感強いから、たまに幽霊なら見えるし。ああいうのが普通にいるぐらいなんだから、いても不思議じゃないと思うんだけどな。あと鬼とかも!」
「夢見ていいのは小学生までだよ」
きっぱりと告げると真央はショボンとして俯いた。
その様子を見てぎょっとする。
冗談ではなく、結構本気でいると信じていたようだ。どうしようかと迷った挙句、呟いた。
「で、でも、いるかもしれないね。外国なんかだと悪魔祓いのエクソシストなんかも実在してるし、天使もいるんじゃないかな」
「だよねー。良かったぁ! 寝込んで起き上がれないようになるとこだったよー」
ぱあっと明るい太陽のような笑顔を浮かべて胸をなで下ろしている。
ユナも内心ほっとしていた。
まさか自分の発言で登校拒否にでもなられたらどう責任を取らされるのか想像したら何とも言えない気分になった。
しばらくコンクリートの固い道を歩き続けると小さな木製の建物が見える。正面はガラス張りで、その透明に輝くガラス越しにはいくつものケーキが並べられており、甘い匂いが漂って来る。
「あ、ケーキ屋さんだぁ。じゃあ、ユナちゃんまた明日ね!」
真央は嬉しそうに手を振ると、ケーキ屋のなかに駆け込んで行った。
それを見届けると再び歩き出す。
「天使かぁ」
◆
ユナは家の前で思わず立ち止まった。
家の前には茶色い汚れたダンボール箱が置いてあり、その上には毛布がかけられていた。
記憶が正しければ、朝はなかったはずだ。
もしや捨て犬か何かなのではと思い、恐る恐る毛布を取る。
ダンボールのなかを覗き込むとなかにいたのは小さな人のようなものであった。サイズはユナの手の平と同じぐらいで、銀色の髪に緑色の袴を着込み、頭には丸い天使の輪のようなものが浮かんでいた。
目を丸くしてそれを凝視した。
最初はただの人形かと思ったが、それは動いた。
眠っていたらしく、起き上がると目をごしごしと擦り、こちらを見上げた。
「……ユナ殿」
「へ?」
「俺に力を貸してくれ」
何が何だか分からなかったが、とりあえず家のなかに持って入った。
部屋まで行くとベッドの上にそれを置き、まじまじと見つめた。
(小人かな?)
ユナは木製の椅子に腰掛けてそれに問いかけた。
「何で私の名前知ってるの? 何者?」
「俺は天使」
「俺の天使?」
「俺は天使。名前はセームだ。悪魔を根絶や……人に危害を及ぼす邪悪な悪魔を倒し、地上に平和をもたらすためにここへ来た」
(何で言い直すかな)
セームはじっとこちらを見上げていた。
そして一息つくと何かを決意したように言い放つ。
「其方の力が必要なんだ。貸してくれ」
「不思議な力とか持ってないよ。友達なら霊感持ってるけど」
「霊感は関係ない。とにかく力を貸してくれ」
何が何だか分からず首を傾げる。
天使の存在など信じていなかったが、今目の前に確かにいる。信じるほかなかった。
「その力って何かな」
「基本的に天使は天上世界で、悪魔は地下世界でしか自らの力を発揮できない。この地上で力を発揮できるのは人間だけだ。その人間の力を分けてもらえば天使だろうが悪魔だろうがこの地上で力を発揮できる。ただ、相手の許可が必要だが」
「それなら、悪魔もここで暴れてないんじゃ」
「頭を回転させろポンコツ」
「むっ」
いきなり罵倒され、ユナはむっとした。
セームはベッドの上で正座したまま真剣な様子で言う。
「悪魔は、弱った人間につけ込んで許可を得る。それで今はこの地上に大きく干渉している。このままではまずいから、俺たち天使もここに干渉する必要がある」
「……力を貸すと何かあるの?」
セームはしばらく黙り込み、やがて口を開いた。
「まあ、二度と普通には戻れなくなるな」
「こ、困る」
ユナはショボンとした。
平凡でも何だかんだ言って、戦争も何もない今の状態が平和で安全なのが分かっていた。
そんなユナの様子を見てセームはベッドでころころ転がりながら言う。
「今すぐ決めなくともいいが、できるだけ早く決めてくれ。ダメなら早く次を当たるしかないからな」
「むー」
◆
ユナはセームを家に置いて来て、ぶらぶらと歩いていた。
暗くなりかけた空にはうっすらと月が見えはじめ、道を歩く人の数は随分減っている。
肌寒い風が吹き抜け、思わず身震いをした。
両腕をさすりながらトボトボ歩く。
突然ことでどうしていいか分からない状態だった。
本当に人を守りたいとか思う正義感の強い人なら、きっと迷わず受け入れるのだろうと思いつつ、自分はそんなに勇敢ではないと思う。
(臆病者なのかな)
ふと辺りが真っ暗になった。
気づけば公園の前にいたが、公園のなかから人の悲鳴が聞こえて来る。
ユナは思わず立ち止まる。
立ち止まってしまったのが間違いだった。そのまま足が竦んでしまって動けなくなった。
もしも、通り魔だったりしたらと思うとぞっとした。
暗い公園の奥から徐々に足音がゆっくりと近づいて来る。
それは人ではなかった。
真っ黒な身体をして、頭には大きな角、そして背中には黒い羽を生やした生き物。
「あう……?」
恐る恐るその生き物を見上げる。
その姿はまさに悪魔だった────。