複雑・ファジー小説

Re: 不器用な天使【一話目+イラスト追加】 ( No.3 )
日時: 2012/05/10 21:23
名前: 風弦 (ID: Y98zbnfN)
参照: http://hugen.web.fc2.com/tensitop.html

第二章 天使の力



 悪魔を目の前に成す術もなく、立ち尽くしていた。
 悪魔は真っ赤な目をギラリと輝かせてこちらを見下ろす。
 そしてゆっくりと太い真っ黒な腕を振り上げ、一気に振り下ろす──。
 
「…………っ!」

 思わずぎゅっと目を閉じ、これから襲ってくるであろう衝撃に供えて身を固くした。
 しかし、衝撃が襲ってくることはなく、金属音が鳴り響く。
 ゆっくりと目を開けると目の前にいたのは銀色の髪の青年である。
 彼は銀に輝く刀で悪魔を爪を受け止めており、即座に弾かれたように後退して一定の距離を取る。
 ユナは不思議そうにその姿を見つめていた。
 彼はこちらに顔を向ける。
 
「誰?」
「……何だ気づかんのか」

 不満そうな顔で呟く。
 
「?」

 そう言われ、まじまじと彼の姿を見据える。銀色の髪にこの辺りではまず見かけない袴姿。
 同じような姿を見た覚えがある気がする──。
 ユナは目を見開いた。

「セーム?」
「よく分かったな」
「何で大きいの」

 先ほど見たセームは、手の平くらいの人形くらいのサイズだったはずで、今のように普通の人間と変わらぬサイズではなかったはずだ。
 セームは悪魔の方に気を配りながら簡潔に説明する。
 彼の話では、天使は自在に小さくなったり人間のサイズになることができるらしい。
 何でも人間に力を借りていない状態では悪魔に太刀打ちすることができないため、その間は悪魔に見つからぬよう小さくなって隠れているらしい。
 通常の人間と同じ大きさの場合は、微量ながら天の力が放出されてしまい、悪魔に居場所を知られてしまうらしい。
 
「と、今は話している時間はないんだが」
「む、それ」

 悪魔はじっとこちらの様子を伺っている。
 唸り声を上げ、しびれを切らしたのかこちらへ向かって一気に突進してくる。
 セームはすぐに刀を構え、悪魔を止める。
 重い一撃が刀にのしかかり、わずかに刀身が磨り減ってしまう。
 このままでは刀が折れると思い、一気に悪魔の腕を振り払い再び距離を置く。
 悪魔の動きに警戒しながらセームはユナに声をかける。

「力を貸してくれ! このままではまずい」
「う、うん」

 ユナは迷わずこくりと頷く。
 むしろ頷くほかなかった。この場でもし協力せずにセームが悪魔に負けてしまえば当然自分の身も危うくなるだろう。
 その上、一応知り合いという状態になってしまっているので見捨てて逃げることもできなかった。
 ユナをセームを見上げ、おどおどとした様子で尋ねる。

「どうやるの?」
「手を出してくれ」

 そう言われ、右手を前に出した。
 
「これでいい?」
「ああ」

 セームはユナの手を握る。
 その場に淡い青色の光が出現する。光は二人の周囲を舞い、満ち溢れていく。
 真っ暗だったが、そこだけは明るくなる。
 少しずつ身体が軽くなっていくような感覚を覚える。ゆっくりと何かが出て行ってしまうような感覚で、ユナは戸惑いがちにセームの様子を伺った。
 ユナの様子に気づいたのか、彼はさっと手を離した。

「これで充分だ」
「何か力が抜けたような感じがする……」
「力を分けてもらうのはそういうことだ。あまりやりすぎると相手が死ぬから、加減しろと神様に言われてる」
「む、それ大丈夫? 死にたくない」
「俺はちゃんと加減できるから安心しろ」
「むぅ」
「ともかくその辺に座ってるといい。どうせ動けないんだろ」
「う、うん」

 素直に頷いて地面に座り込んだ。
 セームは刀を持って悪魔の方へと歩み寄る。
 彼の刀は先程はなかったはずの青い光を纏っている。青く輝く刀身は水や氷を連想させる。
 真っ直ぐと悪魔の姿を見据え、刀を正面に突き出す。
 輝きを放つ薄い氷が地面に出現し、目にも止まらぬ速さで悪魔の足元に氷が張り付き、その動きを封じる。
 悪魔は唸りを声を上げて足を動かすが氷のせいで動かず、身動きがとれない状態である。
 セームは悪魔に歩み寄り、鋭い眼光でその姿を捉えながら問いかける。

「力を借りた人間はどうした? 力を吸い尽くしてしまったのか?」

 悪魔は何も答えない。

(まあ、力を吸い尽くされて死んでしまったと考えるのが妥当か……)

 唸り声を上げる悪魔に対して静かに言い放つ。

「下級悪魔ごときが調子に乗るからこんなことになる」

 彼は悪魔の胸に刀を突き立てる。青く輝く刀からは氷の刃が伸び、鋭い氷が悪魔の身体を切り裂く。
 黒色の血がその場に飛散し、まるで華のような形を作り上げる。
 長い断末魔が響き渡り、悪魔の身体は崩れて黒い砂になって飛び散る。
 セームは一息つき、刀を鞘にしまう。
 ユナは呆然とその様子を見ていた。
 彼はユナの元まで来て、ポンと頭に手を置いた。

「終わったぞ」
「む、終わった……?」
「ああ」

 ほっとして気が抜けるとそのまま意識を手放してしまった。




 ◆



 目が覚めると背中にはふわふわした温かい感触があった。
 その目に映ったのは見慣れた白い天井である。窓の方に視線を移すと、薄いカーテン越しに明るい光が見える。
 恐らくもう朝なのだろうが、ユナはぼーっとしたまま考えた。

(夢でも見てたのか……)

「む、起きたのか?」
「む? 何かいる」

 声のした方に視線を移すとセームの姿があった。
 セームはむすっとした表情でユナの額を二回ほど叩く。ユナは額を抑えてじとっと睨み返した。

「お、女の子を叩かない」
「黙れひ弱娘。あの程度で倒れるとは何事だ。さほど力を吸ったわけでもないと言うのに」
「知らない。そんなのコントロールできない」
 
 そう言い放ち、ぷいっとそっぽを向いた。
 
「……元気そうだな」
 
 複雑そうに呟くセーム。

「……うっかり力を吸いすぎてしまったんじゃないかと心配しただけ無駄だった」
「死んでないから大丈夫」

 そう言ってユナはポンポンとセームを頭を叩く。
 ふとユナはベッドの脇に置いてあった時計を手に取り、時刻を確認した。
 時計の針は十時を指しており、既に学校が始まっている時間帯だった。急いで起き上がると支度を始めた。
 鞄に必要なものを詰めてせっせと部屋を出ようとする。
 セームは不思議そうに首を傾げる。

「何だ、どこか行くのか?」
「う、うん。学校行かなきゃお母さんに怒られる……」
「俺も着いて行く。天使に力を借した人間は悪魔に狙われやすいからな」
「でも、セームじゃ入れないと思う」
「では」

 セームが何か呪文のようなものを唱えると、すぐに光がその場を包み込み、初めて会った時と同じ人形のような小さな姿に変化していた。
 小さくなったセームはユナの服にしがみつき、告げる。

「鞄のなかに入れてくれ」
「りょ、了解」

 ユナはセームを鞄のなかに詰め込んで家を出た。





 ◆




「それでね、昨日のテレビとっても面白かったんだよー」

 学校へ到着した途端に真央に捕まってしまい、長話に付き合わされるハメになってしまった。
 真央は上機嫌で昨晩のテレビの話をしているが、ユナは見れなかったので何とも言えない状況だった。
 
「へ? ユナちゃんは昨日のテレビ見てなかったの? 毎週楽しみにしてたのにどうして?」
「……昨日は体調不良で」
「そうだったんだぁ。何で今日は休まなかったの?」
「皆勤賞を目指してる……」
「そうだったんだ。初耳だよー。えへへ、ユナちゃんはすごいなぁ」

 そう言いながら移動しようとした真央がユナの机に足を引っ掛けた。
 彼女は盛大に転び、机の横にかけてあった鞄が落ち、中身がばら蒔ける。
 鞄のなかからセームも見事に飛び出していた。

「いきなり何だ、痛いぞ」
「しゃ、喋らない!」

 ユナは慌ててセームの口を塞いだ。

「え?」

 真央はキラキラした目でこちらを見ている。
 恐らく確実にセームが喋ったのを見ていたのだろう。

「こ、これはただの人形で」

 慌てて鞄のなかにしまおうとすると、真央は愛らしい笑顔を浮かべて弾んだ声で言う。

「隠さなくったって大丈夫だよー。それ、私も持ってるから」
「持ってる?」

 ユナとセームは揃って目を丸くした。
 二人の様子に構わず真央は自分の席まで行って鞄を取って来ると鞄に手を入れてごそごそと何かを探し始める。
 しばらく立って真央はぱあっと明るい顔をする。

「あ、あったあった!」

 真央が取り出したのはセームと同じような人形みたいなものだった。
 金色の髪を後ろで飾り気のないリボンで束ねている。そしてセームと同様の袴である。
 それは目を丸くした後、真央の服にしがみついた。

「主ー! 僕のことは出してはいけませんっていったはずです! な、何か僕と同じのがいるデス……」
「……お前は」
「僕はランダ。見つかってしまったのでよろしくお願いします。」
「…………」