複雑・ファジー小説

Re: 不器用な天使【三話目前編】 ( No.5 )
日時: 2012/05/12 07:53
名前: 風弦 (ID: YLB79TML)
参照: http://hugen.web.fc2.com/tensitop.html

第三章 後編

家に到着すると迎えてくれたのは兄のユウだった。
 珍しくユナよりも早く家に帰っていたらしく玄関で笑顔で迎えてくれた。
 ほのぼのとした笑顔はどちらかと言えば小さな子供に人気なのでよく近所の子供達に遊んでほしいとせがまれているのを見かける。
 
「ユナお帰りー」
「た、ただいま」

 ぎこちなく返す。

「今日は僕が晩御飯作ってあげるから、ゆっくりしててよ。あ、スカート」
「へ?」

 ユナは思わず首を傾げた。
 
「スカートもっと長くしなよ。膝より下じゃないとダメだよ」
「むぅ」

 長くしろと言われてもほぼ膝あたりの長さで普通より長めの丈である。

「だ、だって、お母さんが今の時期はもっと短くていいって」
「ダメだよ油断しちゃー。そんなんじゃ変な人が寄って来るから長くした方がいいんだよ」
「う、うん」

 とりあえず頷くしかなかった。
 どの道反論したところで何で? と返されるだけなのは目に見えている。
 なぜかユウと母はユナのスカートの丈のことでもめていた。
 その上晩御飯を作るのはユウと母で毎日交代したり一緒に作ったりしているので仲が悪いのか仲が良いのか判断しづらい。
 ユウと結婚したら女の子は家事をしなくても大丈夫だから楽そうだなと思いつつ、ユナは自分もそろそろ家事を手伝ったりした方がいいのかと考えながらオロオロしていた。

「それよりお腹すいたからご飯」
「分かったよ。美味しいの作るから楽しみに待っててねー」

 ユウが奥に入って行くとセームが鞄からひょっこり顔を出した。
 一応セームの存在は母と兄には知られていない状態だから、見つからぬように二人の前では顔を出さないように気遣ってくれていたのだろう。
 流石に人間じゃないとは言え、自分がうっかり顔を出したりすると家族に説明するのに苦労するとは分かっているようだ。
 そしてユナを見上げて呟いた。

「お前の兄は、真央に似ているな」
「そうくると思った。でも、あれ私のお兄ちゃん」

 兄が友達に似ていると言われるのは一般的には不思議なことだったが、否定はしなかった。
 雰囲気が似ているのは確かだった。
 真央と初めて会った時も兄と雰囲気が似ていたためかすぐに打ち解けることができてしまった。
 ちなみに真央が家に遊びに来た時の二人の意気投合っぷりは他人とは思えないほどだった。
 もしかしたら前世とかで関わり合いでもあったのではと思うほどだ。
 
「でも、あんまり私とは似てないんだよ……?」
「似てるんじゃないか」
「へ? どこが」
「可愛いところじゃないのか」
「か、可愛い? 私、可愛くない」

 首を横に振って否定した。
 
「あれ? お兄ちゃんのことも可愛いと思ってる?」
「とにかく多少は似てるんじゃないのか」
「むぅ」

 何かフォローしてくれたつもりなんだろうと思いながら自分の部屋へと向かった。
 部屋に入ると鞄を机の脇に置き、着替えを済ませた。
 
「あ、暑い……。そろそろ夏がくる」

 そう呟き、部屋の隅に置いてある扇風機のスイッチを入れた。
 少しだけ涼しい風が吹き始め、ユナは扇風機の前に座ってぼーっとする。
 鞄から脱出してきたセームがちょこちょこと歩いて来て不思議そうに聞いて来る。

「暑いとは何だ? 人間は暑いとか思うのか?」
「暑くない? いいなそれ」
「?」
「説明とかできない」

 きっぱりと言い放つ。
 暑いの意味を知らない相手に説明するのはよく考えれば非常に難しい。どう説明していいかも分からない。
 セームはむすっとした表情になったが気にしなかった。
 ふと気になったことを尋ねた。

「天使って他にもまだいる?」
「いる。何人いるかは知らん」
「知らんのか」
「知らん」
「ふ、不思議」

 多少は慣れたがやっぱり天使の存在というのは不思議でたまらなかった。
 本などで見たものとは少し違うがまるで夢でも見たかのようだ。
 魔法のようなもので戦えることも。
 
「力を吸うって吸血鬼みたいなのじゃなくて良かった」
「どういうことだ?」
「だって、あれ痛そうだから」
「だろうな。まあ、吸血鬼もいるにはいるが」
「いるんだ……」

 もはや何でもいるのではないかと思い始めた。
 天使や悪魔がこうも存在しているのなら、他にも不思議な生き物がいても全くおかしくない。
 普通の動物でさえ、その存在を知らなかった不思議な生き物に分類されてしまうのでは思い出すとキリがなくなってきてしまい、流石にそれ以上考えるのはやめた。
 昨日の悪魔のことも思い出した。
 黒い身体をして鋭い角を生やした不気味な悪魔。 
 まだ他にもあんなものがいるのだと思うと流石に恐くなって身震いした。
 そのまま寒くなってしまったので急いで扇風機を止めた。
 そしていそいそとベッドに潜り込んだ。
 その行動を不思議に思ったセームはちょこちょことベッドに上がり、枕元まで行くと声をかけた。

「いきなりどうしたんだ?」
「寒くなっただけ。あ、あと何だか悪魔が恐いです……」
「そ、それは悪かったな。俺がいるから多分大丈夫だ」

 そう言いながらちょこちょこよユナの上に登る。

「むぎゅ。ちょっと重い」
「あ、重さの調整を忘れていたな」

 するとすぐに軽くなる。
 どうやら重さを調整したらしい。
 重さまで調整できてしまうのかと関心しつつも一つ、心配だったことを思い切って尋ねてみる。
 
「そ、その……私、死んだりしない……?」
「恐らく大丈夫だが……この空気は人間サイズになった方がいいのか?」
「な、なってどうする……?」
「こういう時はそっと抱きしめてやれと神様が言ってた気がする」

 ユナは顔を赤くしてふるふると首を左右に振った。