複雑・ファジー小説
- Re: (リメ)陰陽呪黎キリカ 一章 一ノ二更新 5/20 ( No.13 )
- 日時: 2012/06/18 11:02
- 名前: 風猫(別PCナウ) (ID: fr2jnXWa)
『キリカ、キリカは僕が、護る!』
魅剣家において唯一の年下であるキリカ。新しい家族を古い因習から解き放ちたい。蘭樹の中にあったのはそんな単純な感情だった。彼女を宿命というレールから、脱線させることが出来れば、古き陰陽師の固執を取り除きより良い未来を創れる。彼はそう信じているのだ。
「蘭樹、ちょっと来い」
「康弘?」
怒りに満ちた目で、アザリをみつめている蘭樹の肩を康弘が叩く。彼の手招きに導かれるままに蘭樹は歩き出す。途中で先程の言い合いが癪に障ったらしい、幹也が声を上げるが蘭樹はそれを無視し歩き続けた。今の彼は他者ただを盲従するだけの負け犬の言葉など聞く気にはなれないらしい。
「蘭樹! 父上にあのような物言い許されると……」
「…………」
忌々しげな顔で幹也は蘭樹を見続けていた。そんな自分の息子をアザリは諌める。彼は唇を尖らせてそっぽをむく。これ以上言葉を続けても愚かしいと、口を紡ぐ一方で幹也の表情は憤怒に満ちていた。
「幹也」
不貞腐れる子供を諭すような優しい口調で、アザリは幹也に語りかける。
「父上、父上は蘭樹を甘やかしすぎですよ! あいつ、陰陽師を馬鹿にして、僕を馬鹿にして!
そのうえ、父上に対する言葉遣いもなっていなくて! 本当だったらここに居ることだって——」
「なぁ、幹也」
幹也が康弘と一緒に部屋から出て数秒。足音が聞えなくなるのを待って、幹也は怒気を篭めて言う。今まで溜まっていた本音を。荒々しい口調で、吐き出すように。彼は嫌だったのだ蘭樹のことが。自分が信奉する陰陽道を古いと差別するような物言いや、心の奥底で馬鹿にしているのが丸分りの目付きが、この上なく嫌だった。彼は幹也を自分の信じている物や寄る辺のすべてを否定する、邪魔者だと心の底では思っている。
慟哭する幹也に、アザリは声を荒げた。ちょっとやそっとのことでは波風立てること無い彼が、目を細めていることに幹也は気付く。萎縮し少年は後退りする。そして心に自分は間違ったことを言っていないと言い聞かせアザリに向き直った。
「私はお前と蘭樹をそんなに極端に差別して扱っているか?
私はお前らを等しく愛しているし、二人の才能を把握し相応の成長を望んでいるつもりだが」
「…………」
"才能を把握し相応の成長を望む”幹也は、アザリのその言葉に強く反応する。分っているのだ。当家の髪の色たる赤ではない蘭樹に才覚で負けているということは。それを認め幹也に対し陰陽師としての才能以上に、成長を観望しないアザリを彼は恐怖しているのだ。
実に子供らしい話である。幹也にとって個を認めてもらうというのは陰陽の才能を認められるのに他ならない。嫌悪する蘭樹より自分が劣るということを、言外につげるその行為が彼にとっては、忌々しいのだ。
『父上は見向きもしていない。僕の陰陽の才など少しも……蘭樹が紅い髪と引き換えに才能のすべてを天授したに違いないんだ!』
肉に爪が食い込むほどに強く幹也は手を握った。そして項垂れながら、才能にも一族としての適性にも愛されているだろう赤子を見詰める。寂しさが胸中を駆け巡った。髪の色が特異だからと言って、血を分つ兄弟であることは間違えないのだなどと言う、アザリの分りきった言葉が耳に届くが、気に留めている力は無く幹也は頭を下す。彼は涙を一筋流した。
陰陽呪黎キリカ【第一章 第一話、愛せ愛せ 第四節】
「こんな所で何なの康弘」
まだ祝賀会を開催するまでにしばらくかかるだろうと考えた康弘は、人気の無い区画まで蘭樹を誘導していた。蘭樹は何でこんな人目の無いところに呼び出したのか訝しがり、眉根を潜ませながら呟く。
「あぁ、別にここまで人気無いところでなくても良いと思うんだけどな。俺はこの風景が好きなんだよ魅剣家じゃ一番」
「ふぅん、僕は別に」
家族の数に対して魅剣邸は圧倒的に広く、使われていない部屋も多い。特に西区は祟りなどが多く起った場所に近いため、使用されていないのだ。そんな西区で最も端に位置する場所に、今二人は居る。一応の掃除などはされているが、一切の調度品は無く静謐とした場所だ。蘭樹のはっきりとした返答に微苦笑しながら、彼は続ける。
「何だかお前を見てると俺に近いなって思うんだよな」
「どこが?」と、問おうと口を一瞬開くが心当たりが少ないわけではないので蘭樹はやめた。
「陰陽師に改革をもたらしたいって考える所とか一族内で実は忌避されていたりするところとか、さ」
「うん、僕も思うとる」
康弘の言葉に蘭樹は顔を何度も縦に振り首肯する。康弘は髪の色こそ上条家の形質である黒だが、才能の質が彼の在籍する家系としては異質だった。彼の系譜は代々、偵察及び追跡が得意だが康弘はどういうわけか戦闘の才に突出しているのだ。ほんの少しの性質の差で、人間は浮いてしまう。その孤独感を康弘は肌で知っていた。だから彼は昔から陰陽の一族の、閉鎖的で偏った考え方を変えようと大志を抱いていた。
「俺は多分当主にはなれないって言うか、いつか追い出される。だから外から壊していこうと思う。だから」
康弘は遠い目をしながら未来を語る。彼の言葉に古い習慣に囚われた陰陽師たちの中にも、同士が居るのだと勇気付けられ蘭樹は言う。
「じゃぁ、僕は中から……壊す! アザリ様は僕を捨てたりしないの分ってるから!」
蘭樹の眼の奥には燃え盛る劫火が確かに見えて。彼の信念の強さを顕わしているようだった。
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【お終い】
次は、【第一章 第一話、愛せ愛せ 第五節】です