複雑・ファジー小説

Re: (リメ)陰陽呪黎キリカ 一章 一ノ六執筆中 ( No.29 )
日時: 2012/06/25 22:42
名前: 風猫(元:風 ◆Z1iQc90X/A (ID: fr2jnXWa)

  宵も更け爽やかな風が、熱気に満ちていた祝賀室に注がれる。家族達も騒ぎ疲れたのだろう。一時間程度前までの大騒ぎはなりを潜め、今では僅かな者達だけが酒を酌み交わしている。そんな祝賀室の一角。現当主アザリと彼の父、先代当主が語り合っていた。

  「やはり、義務とはいえ呪黎を行うのは抵抗があるかの?」

  父のしわがれた声には責務を押し付けるような厳しさはなく、アザリは自然な口調で答える。

  「それは当然ですよ。呪黎の痛みは知っていますし……あれは正しく呪いで永遠に傷口は残りますから」

  語調はいつものようにさざなみ一つ立たないような、ささやかな落ち着いた響きだが、表情には大きな不安や罪悪感が滲み出ていた。呪黎とは、人という枠を度外視した自己再生能力を皆が備える魅剣家の中で、最強の細胞再構築力を手に入れるための儀式だ。

  陰陽の一族の成り立ちは、文官である以上に武官だ。実力が物をいう。当然、当主は最強の力を有していることが望まれる。元来備わっている回復能力を薄める特殊な結界が多重に張られた空間で、あらゆる痛みに耐えるというのが呪黎の内容だ。それはどのような傷を負っても痛みに怯えず戦える、強靭な精神力を手に入れるための一種の修行と言っても良い。次期当主になる者は十年に及ぶ時間をそれに割く。

  どんな戦場でも止らず、肉片を撒き散らしながら戦うバーサーカーを産出すに他ならない行為だと、他の名家からは差別されることも有るが一族が存在したときから行われているゆえそう簡単に廃止することも出来ない。

  なお受けた損傷は完全には再生せず痛みの記憶を忘れさせないために傷口は残るようになっている。もしかしたら綺麗な肌も武器にする女性としては、表面的な苦痛以上に精神的に辛いかもしれない。

  「分るぞい。じゃがの、世界は感情や道徳観で割り切れんものもあるのが現実じゃ。
  ワシも真の息子たるお前を傷つけねばならぬと思ったときは気が引けて散々抜け道を考えたが……」

  長い付き合いでアザリの感情など手にとるのだろう。様に分る先代当主は儚げな面差しで話す。今でこそ傲然としていて、何事も迷わず即断即決に見えるが、昔は若い感性をちゃんと持っていたようだ。アザリは自分のために目の前の男が、奔走してくれたという事実に、双眸を潤ませながら感謝した。

  「ワシ等一人だけの問題じゃないんじゃ。上に立つものは身内じゃなくて周囲を見ねばならん。呪黎を悪く言うものも多いが、彼等はそれを止めればすぐにワシ等を糾弾するだろう。何を今更とな。広い視野を持て。世の中息苦しいことばかりじゃ」

  “分っている”強く心の中で言う。アザリも理解しているのだ。自分は一族の長として、個を優先してはいけない。もし、キリカに呪黎を行使しなければ、父の言うとおりの罵倒を受けるだろう。当然、外にもそれは波紋していき、魅剣家の信頼や権力は失墜。一族郎党路傍に迷うことになるだろう。

  だが呪黎を行うに足る超然たる霊能者がいることを証明した上でなら、救いの道はないだろうかと彼は考える。力とは抑止としても作用するのは世の理だ。キリカという兵器をちらつかせておけば、彼女を当主として束縛するまでせずとも良いのではないか。それを実現するには今の陰陽の世の理の一つ。霊力が最も高い者に当主となる権利を与えるというルールを、崩さなければならないだろうが。それなら自分の権力で何とかできなくも無いと思う。

  「でも、私はできるなら自由を与えたいです」
  「痛みを与え自由を奪う。不当も良いところじゃのう。そりゃぁ、分る……今の世の中、昔よりはるかに旅行とかも活発だしの」

  親身になって聞いてくれる父にアザリは敬意を評し頭を下げる。

  「こんなことは本来自分で解決すべきことなのですがね」

  自嘲気味にアザリはつぶやく。

  「なに言っておるんじゃ? お主は何事も自分で解決しようとしすぎじゃ。
  もっと肩の力抜いて他人に預けろ。例えばカルマとかのう? そうじゃないと押し潰されてしまうぞ?
  そしていつか無限回廊に入り込んで迷走してしまう。お主は気負い過ぎなのじゃよ」

  妻の名が父の口から出たことに、アザリは苦笑する。彼の言いたいことを理解した上でアザリは頷く。その通りだ。焦燥は視野を狭め、本来ならみえるはずの打開策に目隠しをしてしまう。
  
  元々父は改革を願っていた人物だ。おそらくは今のルールを打開することに慎重でこそあれ、それを否定するようなことは無いだろう。彼はそう結論付け改めて会釈する。

  「有難うございました父上!」
  「のぉ、ワシの名前なんじゃったかのう? いつも父上とか長老様とか言われておるから、何だか不安なんじゃよ」

  深々と頭を下げる息子を見て、不安げな眼差しで老父は問う。礼を言われたことに気づいていないわけではない。だがそれ以上による年波が、彼に小さな恐怖を覚えさせていたのだ。自分の名前を久しく耳にしていない。記憶がおぼろげで怖いのだ。

  「先代当主アイゼン様にございます——」

  アザリは怪訝に眉根をよせるが、表情に出したのは短い間で冷静に答えを返す。アイゼンは「そうじゃったな」と、満足げに言い疲れたのか横になった。彼もそろそろ限界がまわってきたことを理解して、自室に行こうと立ち上がる。


  
      
              陰陽呪黎キリカ【第一章 第一話、愛せ愛せ 第六節】


  

  アザリと戦う覚悟を確固たるものとした蘭樹は、彼の私室の近くに潜伏していた。ちょうど彼の自室の入り口から死角になるような、位置取りに隠れ彼が来るのを、蘭樹は息を潜め待つ。
  
  「…………」

  アザリは中央の庭園近くに有る自室へと向って千鳥足で歩く。普段なら気付けただろうが、酒が大量に入っている今の状態では気付けなかったのだろう。苛烈な殺気が含まれた霊力が、空に充満していることに。

  「オンキリキリ」

  アザリの姿を視認すると同時に蘭樹は霊力を練り術式を唱える。風に流されて消えてしまいそうな小さな声でささやく声で。護符を持てる限りの取り力を篭め投げる。
  
  「葉刀発現!」

  彼の得意属性である木属性の霊力をまとった符が標的目掛けて高速で飛ぶ。緑色の燐光を撒き散らし鋭い刃となってアザリへと吸い寄せられていく。

  「くっ!」
 
  反応が遅れたアザリは避けることもできず、蘭樹の放った全ての攻撃を受け吹き飛ぶ。鋭い刃と化した護符は、吹き飛ぶ彼の体を貫通し、後ろにある建物に着弾する。重要な柱を切断したのだろうか、轟音を上げてアザリの後ろに位置して居た部屋が崩れ落ちた。

  普通の人間ならまず即死だろう。手足が切断され体中いたるところから血が流れている。しかし蘭樹は油断はしない。なぜなら相手は筆舌に尽くしがたいほどの再生力を誇る化物だからだ。

  「全弾命中たぁ温いなぁ」
  「…………」

  挑発するように蘭樹は言う。それに呼応するように、空気中に充満している霊力がアザリに吸収されていく。一秒足らずで体中の傷は無かったことになり手足も生え変わった。

  服の傷はそのままなため、手足の袖がなくなり随分とスマートな軽装になったように見える。むしろ今の時期だと寒いだろうと思えるくらいだ。切断された四肢は煙を出しながら、ボロボロと崩れていく。

  「蘭樹。これはどういうことかな?」
  「相変わらず化物染みた回復力やなぁ、どうしたら死ぬんや父さん?」
  
  アザリは何事も無かったかのような様子で立ち上がり、手の感触を確かめながら問う。それに対してさすがに回復速度が計算を超えていたのか、蘭樹は顔を引き攣らせる。答えてくれるはずも無いと分りながらも、思わず吐露する疑問。それにたいしてアザリは頭をかきながら、質問に答えなかったことを咎めるでもなく答えた。

  「分らないな私自身。ところでなんで私を殺そうとするのかな?」
  「殺す気はあらへんよ?」

  陰陽師の中には利権争いや些細な衝突で、争いあい身内同士で血みどろの争いをした者たちも少なくない。力がある者なら、理由を作ってそれを行使したいものだと理解しているアザリは、普通の人間なら死ぬほどの術を使用したこと自体は、叱らずなぜこんな行動に出たかを問う。再度の質問に対し蘭樹は答えない。

  「成程、仕方ないな……父と子はいつかぶつかり合う物なのかな?」

  アンニュイな口調でアザリはつぶやき、手刀を造り呪力を集中させる。少しすると空間が鳴動し中空が切裂かれていく。式神を召還したのだ。彼の式神は十二神将と呼ばれ文字通り十二体いる。最初に彼等を使役した阿部清明の血族である、魅剣家当主だからこそなせることだ。一体一体が妖怪として最上級の第十位の力を有している。その内の一つが現れようとしている。

  『本気や。父さんは本気で僕と戦う気なんや』

  蘭樹とアザリの差は決して小さくはない。むしろ尋常ではないほどの差がある。勝てる可能性が風前の灯になったということだ。だが、彼は父に才能を認められた気がして歓喜していた。実際はこんな茶番はさっさと終らせて、腹を割って話さなければとアザリが判断しただけなのだが。

  「十二神将が一人、火将の騰蛇(とうだ)はせ参じた。何用かアザリよ?」
  「すこし教育さ。そう簡単に死ぬことはないから手加減はしないで良いよ」

  現れた華美ながら、露出度の多い衣装を着た長身痩躯。筋骨隆々で浅黒い肌をしている。ザンバラの紫掛かった頭髪が、気の荒さを表しているようで蘭樹は身震いした。騰蛇と名乗った男は慇懃な口調で召還主のアザリに自分を呼んだ理由を問う。

  彼は騰蛇の性格を理解しているのか短く答える。騰蛇は本気で存分に力を震えることに、満足げな様子だ。超越者と呼ぶに相応しい霊力が降り注ぐ。針の筵に投げ出されたような傷みが、蘭樹の体を襲う。“勝てるはずが無い”体が警鐘を鳴らす。だが、もう逃げられないことは欄樹は理解していた。

  「樹海降誕!」

  蘭樹は意を決してアザリと喋りながらずっと溜めてた力を、一気に放出し地面に手を当てる。彼の周りに一メートル半径程度の円が現れ、そこを中心に巨大な樹木が出現していく。樹海降誕は木属性の技で最高峰に位置する技だ。

  「見事なものだな」

  その壮健さに騰蛇は感嘆する。十二神将の中でも最も戦闘に長けた男に賞賛され蘭樹は顔を染めた。だが、相手は木に強い火。しかも最強の神将だ。恐らくは無策で行けば樹海降誕といえど完敗だろう。蘭樹は油断することなく、次の術の準備をする。

  巨木の大群がうねり建物を壊していく。百の巨木の蔓が騰蛇とアザリにまきつく。蘭樹は樹海降誕によりできた大樹に手をやり、祝詞を唱え始める。

  「オンバサラウンハッタ、ワレヨヘケイムカンベリア、発!」

  大音響で発せられた「発」の言葉とともに樹海が紅の燐光を放ち大爆発を起す。その一撃は天高く火柱を上げ雲すら焼いた。

  「…………」
  『まだ、まだや。次は』

  アザリがこの程度で倒れないことを知っている蘭樹は、次の力を発動させようと符を蘭樹は取り出す。その瞬間だった。護符ごと炎の槍が蘭樹の手を吹飛ばしたのは。蘭樹は走る激痛に悶絶するも、すぐに魅剣家特有の再生力をもって腕を再構築する。

  「ぐっ、あぁぁぁぁぁぁぁっ! はぁはぁ」
  「なるほど、本気でやって良いわけだな」

  大量の汗を流し痛みに耐えながらも、闘志を失わない蘭樹を賞賛するような口調で騰蛇はささやいた。


  
  
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【お終い】

次は、【第一章 第一話、愛せ愛せ 第七節】です