複雑・ファジー小説

Re: (リメ)陰陽呪黎キリカ 一章 一ノ六更新 6/18 ( No.33 )
日時: 2012/07/26 23:46
名前: 風猫(元:風 ◆Z1iQc90X/A (ID: fr2jnXWa)

  紫のザンバラ頭をした褐色肌が威圧的な男、騰蛇は凄絶な笑みを浮かべる。久々に遣り甲斐のある相手と遭遇したことに歓喜しているのだろう。そもそも騰蛇は式神達の中でも別格に強い存在で、普段まず召還されることがない。久々の現世の空気に、新鮮さを感じているというのも有るかもしれない。

  余裕に満ち溢れた態度の神将を強い眼差しで睨みながら、蘭樹は術式を脳内で念じ続ける。口に出して言うのと口に出さずに念じるのでは、後者が明らかに威力は劣るがどのような術を使うか察知されないと言うのは強みだ。

  彼は樹海降誕と炎熱爆発の絡め技による焔で、いまだ赤い空を背に最初にあびせた草葉の小刀を連続で投擲した。今度はあらかじめ仕掛けておいた符からも、草の刃が発射される。四方八方からの多角攻撃が、アザリと騰蛇を襲う。しかし、二人は余裕の表情を浮かべていた。

  「なるほど、あらかじめ準備はしていたということか。しかし、この程度の遠隔術式では、余にとどくことはないぞ?」
  「……分っとるで。とどかなくて良いんよ? そいつは殺傷が目的じゃあらへんから」

  迫り来る木属性の力を纏った刃を見ながら、騰蛇は感嘆した。子供の喧嘩と侮っていたが、出来る限り計画を練って全力で挑んできているのだということを、彼は理解する。賞賛の念を口にする騰蛇。

  しかし、蘭樹の実力を理解したからこそ彼の中に疑問符が浮ぶ。計画して居たにしては少し甘い術式だ。威力も技の階位も目の前の男が行使するには少し劣っているように感じる。何かの意図があるのかと、彼は蘭樹に探りを入れる。

 すると蘭樹は嘲笑するような顔つきで騰蛇を見詰め、アザリが発動させた焔の円を発する術により迎撃された符に、更なる術式をくみこんだ。正確には一つの符に組み込まれていた二つ目の命令式を、発動させたといった方が正しいだろうか。
 
  打ち払われた灰となった護符から、緑色の細いツタが大量に現れる。空中で現れたそれは落ちることも無く重力に逆らい動き、アザリと騰蛇を縛り上げた。

  「二段術式か。こんなの教えた憶えはないぞ?」
  
  今までに教えたこともない高度な技を使いこなす、蘭樹にアザリは驚愕し眉根をひそめる。

  「良い、若き天才よ。余は貴君を気に入ったぞ」
  「私の気苦労も少しは考えてくれよ?」

  しかし、焦るアザリに反し、騰蛇は余裕綽々としたふぜいで笑った。体の動きを封じられては術を発動できない陰陽師と違い、人間とは本質が違う騰蛇はいかなる状態でも焔を召還出来る。

  もちろんアザリもその点は把握しているが、彼が感じている焦燥感は蘭樹の成長速度の速さのほうだ。今の時点の蘭樹などアザリにとっては然したる脅威ではない。才ある者に出会い純粋に感嘆する騰蛇を諌めながら、彼は嘆息した。

  「アザリよ。貴君は少し下らぬことに捕らわれ過ぎだ。その者の今考えることではなかろう?」
  「水属性の力をぎょうさん融合してあるんや、そう簡単に焼ききれへんでぇ?」

  情けない表情を浮かべる主君に、騰蛇は喝を入れるように強い口調で指摘する。事実、アザリが今見るべきは蘭樹の成長した未来ではなく、現在の目の前にいる自らにむかって力を振う蘭樹だ。

  もっともな騰蛇の叱責に彼は笑う。今はただこの戦いを収束させるために、全力を傾けるべきだ。アザリは詰らないしがらみから解き放たれたかのように、吹っ切れた凄絶な笑みを浮かべる。彼自身もまた自分の絶大な力を振うことが好きな、困った性分があるのだ。
 
  二重命令式に続き、さらには多属性混合技の連発。目の前にいる自らの息子は魅剣家の長い歴史においても間違えなく指折りの天才だろう。心が躍っていた。手が震え更新が揺れる。
 
  それを見た騰蛇はニヤリと笑うと、圧倒的な火力で火属性に強い水の力も物ともせず、無限に絡まるツルを焼き払った。

  「止めてくれよ清明。もう、我慢できないじゃないか——」

  雷属性を秘めた身体能力強化の呪符を手に取り、アザリは術を発動させる。雲も無いのに彼目掛けて落雷が落ち、彼を紫電が包み込んだ。

  予想以上に早くツルが燃やし尽くされたことの焦りで蘭樹は舌打ちをする。さらに父アザリの不可解な言動を怪訝に思い、蘭樹は眉間にしわをよせるが、それを気にしている場合ではないと護符を使って、丸い水の弾丸をうつ。

  それは容易くアザリに回避され、一瞬で蘭樹は十メートル近くあった間合いを詰められる。

  「はやっ!?」

  蘭樹が回避しようとした頃には、すでにアザリは彼の懐に入り、雷を発する術を発動していた。符を使うことはおろか、詠唱すらしていない下級の技に、なすすべなく蘭樹は吹飛ばされる。さらに追撃して勝負を終らせようとするアザリ。そこに第三者の声が響いた。

  「ナウアクサマンダ、アルアハッタウンキリキリ! 神水烈怒!」

  若い。子供の声。アザリも蘭樹も聞き覚えのある声だ。声のしたほうに顔を向けると水属性の術を得意とする陰陽五家の少年、上条康弘が池の上に立っていた。

  

  
      
              陰陽呪黎キリカ【第一章 第一話、愛せ愛せ 第七節】



  

  康弘の持つ護符からは、苛烈な青色の霊力が放出されている。神水烈怒は水属性の術の中でも、最上位に属する技だ。本来なら才能があると言っても、蘭樹ほどではない康弘が使えるような術ではないのだが。どうやら、一旦家に帰り上条家の上位の者から符を拝借してきたらしい。水場が近くに有るということも要因か、巨大な水柱が完成する。
 
  「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 
  康弘は迷いを振り払うかのような怒号をあげると、巨大な三角錐型をし水の塊を勢い良く振り下ろした。怒涛の勢いで地面に激突した水は広がり、近くにあった部屋をすべて飲み込み、桜の木すら巻き込んだ。準備の質の差もあってか、蘭樹が最初に発動させた木属性最高位の術である樹海降誕を、大きく凌ぐ威力を有していた。

  「スゲェ、康弘スゲェ!」
  「悪いな遅れて。護符拝借するのに苦労した」
  
  信頼できる助っ人の出現と感動で、蘭樹は眼を丸くする。今まで年不相応な強張った表情をしていた彼が、久し振りに感情の綻びを見せた瞬間だった。康弘は一つ会釈して詫びを入れる。本当はもっと早く来て、最初から戦いに参加するつもりだったらしい。

  「さて、ここからやで。お父さんが二体目の神将出したりしたら——」

  頼もしい仲間が来たせいかいつもより楽しげな声で話す蘭樹。しかし、その言葉は本音だった。今の所は二対二。戦力は違っても、数の上では五部だ。死角を付かれたりする心配は少ない。だが、ここで新たなる戦力を出されたら。蘭樹にこれ以上増援は求められないだろうから、勝負は決まったも同然となる。用意してきたカードも、最強の切り札以外には雑魚ばかり。彼は喜んで良い状況ではないことを思い出す。

  木端微塵となった木片や電子機器群が、宙に舞った水流とともに落ちて行く。水しぶきも少しずつ晴れてゆき、視界が良好になる。蘭樹と康弘の視線の先には、騰蛇とアザリ以外にもう一つの影。

  地面までとどくほど長い青色をしたくせっ毛の女だ。体格は細身で貧乳。絹のように決め細やかな透き通った肌の持ち主で、顔は仮面で覆い隠している。全ての十二神将を見たことがあるわけではない蘭樹だが、彼女のことは父が良く使うからか知っていた。

  「神将辰輝(しんしょうたつき)。水属性を食う草属性の力を持った式!」
  「マジかよ!? 俺たちみたいな餓鬼相手に、神将二体もだすのかよ!?」
  
  康弘は強力な神の眷属たる十二神将のうち二体もを年端も行かない自分たちに使用する容赦のなさに驚く。対して蘭樹はそれだけではなく康、弘の得意属性である水を防ごうと、木属性の戦士を召還した厳しさに呆然とした。水属性に弱い騰蛇の援護の意味も有るのだろう。アザリの陣営は、蘭樹たちにとって、まさに鉄壁の軍勢となった。

  何をやっても勝ち目はない。そう、二人は結論付けた。だが、だからといって用意した力を使いきらずに諦められるほど彼等は大人ではなかった。二人は自分が所持している術札で、最も強力な物を手に取り、走り出す。

  「康弘は、騰蛇を抑えてや! 辰輝(たつき)の攻撃は僕が体で受けきれるはずやから!」
  「分った! 信じるぞ蘭樹!」

  蘭樹が左端に陣取る辰輝よりに走りこむ。彼女の攻撃力が低いことを知っている彼は、彼女の発する技を全て受けた上で、アザリに妖怪を式神にするために開発された特殊な呪札(じゅさつ)を打ち込む覚悟のようだ。

  康弘は彼を信じ、蘭樹の言うことを素直に聞く。彼は符を使い、騰蛇に向かい大量の泡を飛ばす。苦手な属性である水の力が近付いているのにも関わらず、威厳と余裕に満ち溢れた態度を崩さない騰蛇。康弘の発した水泡は全て、騰蛇に到達する前に消滅した。

  「何、だと!?」
  「上条家の小僧だな? その程度か?」

  騰蛇は今度は此方から行くと、康弘を指差しで宣言し突進してくる。康弘は咄嗟に防御の術を発動させ、彼の一撃を防ごうとするが水の防護壁ごと吹飛ばされてしまう。

  攻撃の衝撃で脳が揺られ意識が朦朧とする。地面に叩き付けられた衝撃で内臓が傷付けられ、血が逆流し鉄の味が口内に広がった。一撃でこれなのだ。圧倒的な神将の力を前に、彼は確信する。自分では彼の相手は、十秒もできないだろう、と。

  「全部の力をこの符に……」
  「ほぉ、大した霊力の量ではないか。小僧お前も及第点だ」

  ならばいっそのことこの一撃に全ての力を賭ける。そう心に決めた上条康弘は、手持ちで最高の出来を誇る護符を持ち裂帛の気とともに術を発動させた。彼が発動させたのは、水属性でもっとも凶悪とされるものだ。名を紅殺しという。相手の体内にある水分を操作し内部を破壊する術だ。

  小物も大物も関係なく、膨大な霊力を使う上に精緻な水属性の操作技術が必要なため、使う者はほとんどいない。それに騰蛇のように甚大な力の持ち主なら、すぐに体勢を立て直してしまうだろう。それでも片膝を突かせ十数秒は動きを止められる自信が有った。

  そして、十数秒あれば蘭樹ならアザリに呪札を命中させられるだろうという確信があった。

  「これは、紅殺しか。紅き血を操る禁忌の術。だが、余にはきかん。余の神気はその程度の霊力では揺るがん」
  「…………」

  康弘の術が発動されたあとも、騰蛇は何事も無いかのように立ったままだ。人間には有し得ない十二神将のもつ圧倒的な霊力を、神気という。彼が全く披露していないのは、体内に神気を叩き込み康弘の霊力を相殺する力技が成功したゆえだった。

  康弘は愕然とする。背筋が寒さで氷結したように冷たくて、固まって動かない。まるで蛇に睨まれたかえるだ。彼は立ち尽くす。

  「あちらも終りだな。小僧どもの謀り。中々に有意義であった。良いぞ。もっと、力をつけ改めて挑むが良い」
  「蘭樹!?」

  茫然自失とする康弘の耳に、どさりという何かが倒れこむような音がとどく。まさか、と思い目をやろうとした矢先、騰蛇が目で見るより早く状況を教えてくれた。「負けたのか」と、小さくうめき康弘はその場に崩れ落ちる。
 
  視線を滑らせた先には大きな柱に叩き付けられ、悶絶する蘭樹の姿があった。辰輝と蘭樹の直線状にある大地は小さな凸凹が刻まれている。視線を泳がせた先、地面から飛び出た植物の先端は蛇のようになっていて。彼は草の使い手である辰輝が放ったと思われる、蔓の蛇に拘束されているようだ。

  呪札は辰輝のすぐ近くに真っ二つに裂けておちている。草の力でも刃のように鋭い攻撃はできるが、基本的に一点集中型で、地面まで裂くような広範囲に及ぶものはない。康弘は眉間にしわを寄せいぶかしむ。

  「あれは!?」

  何かに思い至り、康弘はふと蘭樹の父であるアザリに眼を向ける。視界に移ったアザリはどこかで見たことのある剣を握っていた。陰陽武器大全というものに、特記兵器として明記されていたものだ。それは“草薙の剣”とよばれる名刀。鋼をもはるかに凌ぐ硬度を有し、竜の鱗をも切裂くとされる快刀乱麻の一振りだ。

  「あの、アザリ様。宜しいのでしょうか?」
  「何がだい? 蘭樹はあの程度じゃ、壊れたりしないさ? 体も心もね」

  寡黙に力を振っていた女性神将が口を開く。辰輝の問いにアザリは興奮冷め止まぬ様子で答える。蘭樹が魅剣家のなかでも尋常ではない回復力を有すること、そして気が強いことの両方を知っている彼女は、それ以上は言及せず姿を消した。

  「余もそろそろ帰るぞ?」
  「あぁ、お休み」

  騰蛇が一応の挨拶をして霊界に帰ろうとした時だった。肌に纏わり付くような、凶悪な冷気が降り立ったのは。

  「よぉ、今日は何て素晴らしい日だろうな? 新たなる当主の器の誕生というだけでも心躍るのに、このような催しまで行われているとは。来た甲斐が有ったというものだよアザリ?」

  崩壊した家屋群の柱の上に立つ雁衣姿の影。夜でも昼のように見える目を手にする暗視の術により、夜中でも明確に男の姿をとらえられるアザリは、驚愕した。

  柱の上に立つ男のことを知っている。否。その男は陰陽師なら知らぬ者などいないと言われるほどの、大妖怪だった。 

  「茨城童子!」
  「そう、睨むなアザリ? 俺はお前を祝福しに来ただけだ——」

  気迫に満ちた声で男の名を叫ぶアザリに対し、茨城童子は淡々としたふぜいだ。ギラギラとした紅い瞳は繊維に満ちていたが、それはいつものことで霊力を察知してみれば確かに殺気立ってはいない。一先ず安心しアザリは一息つく。

  歴代の怪物とはいえ、本家内に土足で妖怪に踏み込まれるのは看過できない問題だなと、冷静に考えながらいつ気が変わるとも知れない男の攻撃を警戒し、臨戦態勢を解くことは無い。
  
  「満月が綺麗だなぁ」

  ひときわ大きく見える満月を見上げて、茨城童子はつぶやく。

  「さて、一つ忠告だ——近い将来、妖蓮檜(ようれんかい)の幹部が兵を大挙して現世に現れるだろう。準備を怠るな!」

  そう言うと茨城童子は、宵闇に溶けるように姿を消した。
    
  
  
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【お終い】

次は、【第一章 第一話、愛せ愛せ 第八節】です