複雑・ファジー小説
- Re: (リメ)陰陽呪黎キリカ 一章 一ノ八執筆中 ( No.46 )
- 日時: 2012/07/16 22:53
- 名前: 風猫(元:風 ◆Z1iQc90X/A (ID: fr2jnXWa)
「げーんげん」
どこまでも暗い洞が横に穿たれている。現世と異界をつなぐ通路。通称“異回廊(いかいろう)”だ。どちらが上でどちらが左かも分らなくなるような、不可解な空間に一つ人影があった。透き通るような綺麗な肌をした幼顔の美女だ。女は妙な挨拶をして、茨木童子を見つめる。
「言々か。何のようだ?」
「ぷーっ! 何のようだとは失礼なぁ! あんまり帰りが遅いので心配したんだぞ!」
不機嫌そうに馬鹿らしくて歯の浮くような、女の奇声に答える茨木。どうやら既知の中のようだ。ただ彼自身呆れているのは、微妙に険の滲んだ表情を見れば明らかだろう。
そんな素っ気ない茨木の態度に本気で心を痛めたように、言々と呼ばれた女は頬を膨らませて怒りだす。
「お前は俺の母親か? そもそも、俺がお前に心配されるなど心外だ」
盛大にため息をつき、適当に流す茨木。
「ひどーぃ! 通神機(つうしんき)で何度も呼んだのにでないから、まさか魅剣家当主様に喧嘩でもうったんじゃないかと」
「待て。何で貴様、俺の通神機に通電したのだ?」
茨木の言葉にさらに気分を害したらしく、言々が声を荒げる。彼女の愚痴に反応し、茨木はついと目を細めて問う。
「そんなの決まってんじゃなーぃ! 芦屋道満(あしやどうまん)様が天将会議を開くって言ってるのぉ! 絶対来いって!」
「何? まさか——」
天将会議というのは妖漣檜所属の幹部妖怪が、一同に介する集会のことだ。総勢十二人いて、水火雷土風木の属性から、それぞれ二人の強者が選出されている。その会を執行する権限を有するのは妖漣檜でもただ一人。彼等の将たる芦屋道満ただ一人だ。
当然ながら言々と茨木童子もその幹部の一角を握っている。突然の召集に彼は心底驚く。それと同時に、身勝手な気質の者が多い幹部連に絶対参加義務を課すとは、ただ事ではないと茨木は鼓動を高鳴らせた。
「そう、そのまさか。今はまだ何の力も無い魅剣家次期当主なんてどうでもよくなるでしょう?」
「…………」
言々の誘惑の言葉に、沈黙という茨木は返す。芦屋道満は果たしてどのような怪物を見つけたのか。それを考えると強者との戦闘を何よりも渇望する彼は、高揚感を催さずにはいられなかった。
陰陽呪黎キリカ【第一章 第一話、愛せ愛せ 第八節】
「逃したか。蘭樹の掛けた結界も解けて、騒ぎになり始めたな」
大敵を逃したことに苛立ちを覚え忌々しげにアザリは舌打ちをする。まともに戦っていても甚大な被害がでていただろうと、言い聞かせ無理やり心のさざなみを打ち消す。そして少し冷静になった目で、惨状を改めて見渡した。
茨木童子の圧倒的な力により紙切れのように切られた、蘭樹が張った不可視と防音を司る結界。霊力を遮断する結界も当然張っていたようで、今までは周囲に騒ぎは気づかれていなかったのだが。
戦闘後とはいえいまだ紅蓮に燃える空と、凄まじい妖気が残っている。酔いを醒まして、すぐに多くの者が招来するだろう。幸いに茨木童子という大妖怪が出現したこともあって、幾らでも言い訳は立つが、速いうちに直さなければとアザリは嘆息する。
「どうなさいます? アザリ様?」
突然響くアザリの名を呼ぶふわふわとした優しげな声。
「とりあえず、呼んでも無いのに勝手に姿を現すのは止めてくれないか悦瑛(えつえい)」
新たな悩みの種が現れたでもい言うように、アザリは嫌悪感をあらわにした顔で、声のほうへと振り向く。現在で言う魔女のような服装をした色黒の、勝気そうな顔立ちの少女が立っている。名を悦瑛というらしい。彼女もまた十二神将の一人だ。
「それは無理ですよぉ? だって、あたしこんな時しか出番ないもーん?」
「そう言うな。お前だって十分強いんだからさ」
諦観的な悦瑛の言葉に、それは違うぞと頭を振るい否定するアザリ。そっぽを向く彼女に諭すように、彼は彼女が十分強いのだということを、真摯な顔でつたえようとするが。
「慰めなんて要らないよアザリ様。あたしは貴方に使われたいの。使って使ってこき使って、ボロ雑巾にして欲しっ……キャッ!」
小さな体を震わせて悦瑛は、子供らしいおねだりのしぐさをしながら、我侭を言う。自分自身身勝手だと理解しているが、彼女のアザリに対する忠誠心と、尽したいという気持ちがきえることはない。
「分った分った。私が言いたいのは最初から君を出そうとしていたのに、というだけの話だ」
アザリは悦瑛の細い体を抱き寄せ、心の発露を掬い取るように彼女の唇を奪った。
「アザリ様ぁ」
頬を赤らめて悦瑛は猫なで声を出す。
「まぁ、そういうことだから再生の姫君よ。頼まれてくれないか?」
「あっ、うぅっ、あっあたらっ! 当たり前だよぉ!」
このやり取りを見ただけの人間ならどういうことだ、と突っ込みたくなる状況だが、悦瑛は素直にアザリの言葉に従う。
「蘭樹……お前も手伝え」
「分った」
焼け焦げた柱に横たわりブツブツと意味の無い言葉を並べ立てながら、煩悶する蘭樹にアザリは声を掛ける。その声音は一切の怒りの念は無く優しげだ。木造建築を直すには、木属性後からは役に立つ。当然ながら再生の姫君と呼ばれた悦瑛も木属性の力の持ち主だ。蘭樹は独り言を止め何度か瞬きして了承する。ここで反論しても無意味と判断したのだろう。
「何々ぃ? ずいぶんと派手に暴れたわりには素直だねぇ?」
「十分や。今の時点でこれだけ戦えるって知っただけで、僕は満足やから」
異界から主君たるアザリと第二子である蘭樹の戦いを見ていた悦瑛は、あまりにも聞き分けの良い彼に疑念を抱いたのか、挑発するような口調で問う。にべも無く彼女の質問に蘭樹は答える。
「…………」
その言葉の意図がつかめず悦瑛は少し逡巡するが、些事と決め付け思案することを止め息をつく。
「そっ、まぁ、ちゃっちゃと終わらせましょう。蘭樹君とあたしの力ならすぐだよ」
「うん」
そうして蘭樹に向き直った悦瑛は微笑む。本当なら一人でやって自分だけアザリに褒められたいのだが、主君が息子に命令したのだから仕方ない。そう、心に言い聞かせてつとめて彼女は笑顔を作る。その微笑みは完璧で演技とは思えない。女性は皆女優であるという言葉は本当なのだろう。
長い一日が終わりを告げた。だがそれは、本当に永い物語の始まりに過ぎないということを、誰も知らない——
————————————————
【第一話 愛せ愛せ お終い】
次は、【第一章 第二話、迷え迷え 第一節】です