複雑・ファジー小説
- Re: (リメ)陰陽呪黎キリカ ( No.62 )
- 日時: 2012/09/13 15:47
- 名前: 風猫 ◆Z1iQc90X/A (ID: aiiC5/EF)
陰陽呪黎キリカ【第一章 第二話、迷え迷え 第二節】
『無理だろう、ねぇ? しっかし、壮観壮観ッ! 一人も殺せねぇっつぅの』
クランはガシガシと頭をかき回しながら、総勢十人に及ぶ大妖怪群を見回す。凄まじい霊力が渦巻いていて、肌に幾億の針が突き刺さっているような痛みを感じ、彼女は顔を歪める。実際、十二神将もいない今の彼女では、一人も仕留めることはできないだろう。傷一つつけることもできない可能性もある。しかし、本来なら十二人いろはずの幹部連がなぜか二人足りない。訝しげにクランは目を細める。
「所でさぁ、竜神さんと朱雀さんはどこいったのかなぁ? こんな大掛かりな儀式で呼ばれないはずないと思うんだけど?」
わざとらしく周りを見回しながら、クランは問う。配下として使われるのだから、隠し事をされては堪らないという忠告だ。幹部達の半分以上は、彼女の意図を読みかね首を傾げる。返答が遅れる中、茨木が重い口を開く。
「すまんが奴等がいない理由は俺たちも分らん。まじめな部類の奴等だから無視を決め込んだとも思えんが」
「ふーん、崇徳天皇様も知らなさそうだし、そういうことで良っか」
淀みの無い歌うような茨木の口調に、一切の迷いは無い。周りの面子も同様だ。クランは表情や霊力の揺らぎをつぶさに確認して、嘘ではないことを確信する。幹部連の纏め役で、最も彼らの中で権力が高いはずの崇徳天皇でさえ本当に知らないようだ。小さく彼女は嘆息し無理やり納得させる。何か裏で命令を受けていることは確実だろうが、これ以上粘ったところで情報は収集できないのは明らかだからだ。
「も一つ聞きたいことあんだけどー」
「ちょっち、その前にさぁ! 服着ろって! ってか、ほら夢氷ちゃんも儀式終わって体力回復したんだしっ!」
クランは気を取り直して次の質問を始めようとする。しかし、そこで話の腰を折るように、澪采が声を上げた。その声は、悲鳴と懇願がない交ぜになったような感じで。先程まではふてぶてしい態度を取っていたが、実は見慣れないのだろう女性の裸を何分も見たことで、意外と精神的なダメージを受けていたのだろうことが分かる。何百年と生きている者が多い幹部勢の中で、その初心な反応は微笑ましいものがあったらしく、何人かは噴出すように笑った。
「笑う所じゃないだろう!?」と、必死に抗弁する澪采の様が、余計に幹部たちの笑いを誘う。クランもまた、やれやれと手を広げ笑いながら、妖連檜の面々に服を所望する。夢氷は立ち上がり予め用意してあったガウンを同じ水属性の力を持つ幹部の天鳶 龍(あまとび りゅう)から貰う。本来の姿は天候すら操る強大な竜なのだが、普段は青色の中華服を着ているだけの、目立たない風貌の男だ。
彼に少し遅れて、茨城とは違うもう一人の木属性を司る幹部、天月(あまつき)が服をクランに渡す。前髪をそろえた紫髪の控え目そうな童顔美少女は、甲斐甲斐しく「急増なのでサイズが合うか分かりませんが」などと、妖連檜の幹部らしからぬ気遣いをみせてゆったり目の振袖を渡す。
「あの、いかがでしょうか!?」
「ふむぅ、落ち着いた紫にシンプルな装飾。悪くないぞ天月ぃ!」
そわそわして様子を伺う天月に、満面の笑みを浮かべながらクランは楽しそうに着替えを始める。一先ずは安心だと、天月は息をつく。甲斐甲斐しく衣擦れを直したり帯を結ぶ様子は、知らぬものが見れば親子や姉妹のようだが。
彼女等は昔は殺しあった関係だ。主君が戦力として蘇らせた存在だから、共闘するために足並みを正そうとはするが、気を許せるはずはない。天月自身も自らの部下を何人も消されている。彼女とて内心では辛酸をなめる気分だ。
いつだって、呪黎によって蘇る存在は怨敵であった魅剣系陰陽師で。この辛苦も何度も味わってはいるが。それでも慣れることはできないと、彼女は思う。彼らに人生の全てを奪われた部下や仲間のためにも受け入れ許してはならないとも。
——そんな幹部勢全体にある共通の感情を読み取り、個人的に解釈しながらクランは思う。
『あぁ、この世の中は本当に滑稽で面白いなぁ』と。
立場や関係があるから、自分の思い通りになど行くはずがない。手に入れたものを簡単に手放すことができないのは、人間も妖怪を問わず同じだ。真の自由を掴むというのは、本当に難しい。仲間のため。友のためと、それは何かに縛られているに他ならない。妖怪は独立を望み孤高を尊ぶのに、今や組織として体系化され自由の権利は何処あるや。
魅剣クランは考える。本来の姿を体裁や義の情で固め込んだ彼等は、それでもなお心の深奥で自由を渇望しているのだ。その自然とはとても言い難い状況を逆手に取ることにより、この上なく面白い茶番劇を開くことはできないか。
命を絶って三百年以上になる彼女には最早、妖怪から人々を護などという義務感はない。唯有るのは死ぬ寸前に真実を知って、絶望を味わった後に湧き上がってきた、どす黒い好奇心。変質した憎しみを他者にぶつけ尽くしたいという感情だ。
妖連檜。そこは彼女にとって実に楽しそうな場所だ。できうる限り利用してやろう。蘇ってすぐにそう心に決めた。
「どうだ? 似合うかな?」
「すっすごく似合ってます! クラン様は体つきが宜しいので、どっどのようなお服でもっ」
黙考しているうちに、すっかり着物姿を整えていることに気付き、クランは天月に会釈して幹部の面々に向かい直り、笑みを浮かべる。皆が首肯する中、近くにいた天月は小間使いように持て囃しクランを褒めちぎった。
「所でさ、これで良いわけだよね澪采君?」
「あっ、あぁっ! で、あんたは何が聞きたいわけよ?」
一頻り周りの反応を見回して、少し初心そうな澪采をわざと胸をはだけさせてからかったりしながら、彼女は改めて澪采に問う。いい加減に話を進めて良いのか、というクランの性格を現した短気なニュアンスの入った言い方だ。澪采は冷や汗を流しながら、首を振る。
「じゃぁ、聞くけどさぁ。幹部全員が揃っていないのは、まぁ妖怪らしいから良いとしてさ? 何で君達の首領たる芦屋道満がいないのかなぁ? 新たなる同胞を迎え入れるってんならさー、リーダーが立ち会うのが普通じゃないーぃ? そもそも、何で三人も重鎮いない状態で何で夢氷ちゃんは生き延びれてるわけぇ? 気になりすぎて夜も眠れないー的なぁ?」
間延びした口調で、しかし全く息継ぎなどせずクランは質問を畳み掛けていく。別段親身に答えて貰わなくても彼女自身としては良いのだが、興味のあることははやくに知りたいのが、彼女の本質だ。
陰陽師歴代随一の天才の一角として数えられる芦屋道満は、今や物の怪の類となりて妖怪たちを纏める復讐の王と化している。その怨敵を彼女はついぞ見たことがない。今やその男の部下となるのだ。すなわち彼女の人生に深く関わっているといって良い。どのような凄烈な力に満ちた人物なのだろうかと、否応なく気になるのはしかたないだろう。
そして第二の疑問。彼女が自分の先代から聞き及んでいる話によれば、本来妖怪流の呪黎は最低でも十三体以上大妖怪がいなければ人柱は死んでしまうらしい。つまり、十人だけで夢氷の命を繋ぎ止めるのは、彼女の生命力の高さいかんに関わらず、無理ということだ。
「…………」
「はぁ、誰も知らないかぁ。がっかしですわぁ」
一通り気になったことを吐き出、しクランは周りを見回す。誰も答えられる者がいないようで、案外幹部たちも信頼されていないのだなと内心毒づき嘆息するクラン。しかし、その時だった。隣伝いに有った部屋から強大な霊気が湧き出したのは。
「あー、うぜぇ! うぜぇぜ、本当に姉貴は! んなの、呪黎で蘇った俺っち達が霊力送ってるからに決まってんだろうが!?」
「あららぁ? ハイドも生き返らせられてたってわけぇ? エイダ様や紅王(こうおう)様までぇ! 道満ってば随分欲張りね?」
膨大な霊圧の発生とともに、襖が勢いよく開かれる。クランの視界の真ん中には、頭にバンダナを巻いた赤いボサボサの短髪をした精悍な男がいた。見覚えのある男だ。それも当然、彼女と同世代で実の弟なのだから。周りにも歴代の魅剣家の戦士が揃っている。これを見るに、どうやら最強の陰陽師の名をもつ男は、随分用心深い男でもあるようだ。強大な力を有してなお驕らない男。間違えなく手強い存在といえよう。クランは自然に戦闘狂としての笑みを見せていた。
「我侭で悪かったな? お前と会うのは初めてだなクラン?」
『いつの間に!?』
その時だった。突然、深い声が耳朶に響く。本能が警鐘を鳴らし、心の臓が張り裂けそうなほどに鼓動する。心音が自棄に大きい。初めて聞く声のはずなのに、それが何者なのか明確に分かる。陰陽師達にとっての最大の裏切り者にして、最強の敵として広く浸透している存在。圧倒的な存在を醸し出しているのに、自分の感じられる力の限界を超えていて霊力を感じ取ることもできないような感覚。彼の名は“芦屋道満。
陰陽師史上に永遠に名を残すだろう男——
「成程、彼らの性能を試すために竜神と朱雀をあえて……」
崇徳天皇(すとくてんのう)が、慣れた口調で道満に問う。それに対し彼は一つ頷くだけだったが、崇徳天皇はそれを肯定と取って、それ以上言及はしなかった。未だに道満はクランの近くにいる。彼は彼女の耳元に口付けし囁いた。
「お前が一番欲しかったのだ」と。
クランは道満の言葉の意味が分からず、立ち尽くすしかなかった——
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【お終い】
次は、【第一章 第二話、迷え迷え 第三節】です