複雑・ファジー小説

Re: (リメ)陰陽呪黎キリカ 一ノニノ三 執筆中 ( No.73 )
日時: 2012/09/19 18:54
名前: 風猫  ◆Z1iQc90X/A (ID: 68i0zNNK)

  緊張で硬直するクランの肩を一度叩き、芦屋道満は歩き出す。
  十二天将達の人数より一つ分多い座布団の中央。どちらから数えても七番目の席に、彼はドカッと音を立てて座る。
  その音を聞いて、クランは意思を現実に戻す。
  崇徳天皇、茨木童子という幹部連の中でも最強の座を争う二人に挟まれて座る道満は、なお圧倒的な存在感を放っている。その尋常ではない力の脈動は、復活して間もない彼女には強烈過ぎた。
  意識を集中しなければ気を絶えてしまいそうなほどだ。
  いかに彼女が最盛期より随分と劣っているからとはいえ、尋常ではない。
  何せ、現時点でもクランは十分に強いのだ。

  「…………」
  「どうしたクラン? もっと、気を楽にしていいぞ?」

  緊張感で体をこわばらせたまま突っ立つクランを見て、道満は邪気のない笑みを浮かべささやく。
  警戒する必要はない。同じ場所に立つ仲間なのだから、気負う必要はないのだ。そういうニュアンスだろう。
  彼は微塵も彼女が裏切るとは思っておらず、完全に味方として受け入れる気のようだ。
  それがクランには恐ろしかった。
  なぜならその考え方はどのような裏切りをされても、力で容易く抑え込めるという自信の表れだからだ。
  あるいは、反逆行為自体できないだろうと、高を括っているのかも知れない。
 
  『嘗めたことを言いやがって! 俺様のプライドを逆撫でしたこと後悔させてやる! 
  時間はあるさ。すぐに全盛期の力を取り戻して、妖力に慣れて……』

  しかし、道満の慢心とも取れる豪胆な態度にクランは腸を煮え繰り返していた。
  怨敵でありながら神格視されるような怪物だが、彼女とて百戦錬磨の戦士としての自負がある。
  生前は疾風怒濤のごとく戦場を駆け抜け、数多の怪異を薙ぎ倒してきたのだ。命を閉ざしたのも戦いの中。
  初めの頃は、妖連檜の幹部をたぶらかしクーデターを起こすというのもただの暇つぶしのつもりだったのだが。
  今は違う。陰陽師としてその透かした態度を崩壊させてやりたい。心の底からそう思う彼女がいる。

  「お言葉ながら道満様。彼女が緊張感に飲まれているのは、貴方が過大な重圧を彼女に飛ばしているためかと」
  「うむ? そうか、悪いな。仮にも我が十二天将と渡り合った一流陰陽師が、この程度のプレッシャーに負けるとは思わずつい、な? やはり、復活したてでは随分力が減退しているもなのだな」

  道満の左隣に端座する崇徳天皇がクランの様子を敏感に察し、主君である道満から放たれる霊力を感じ取る。
  そして、厳かな口調で道満に進言した。道満は顔を斜めに構え、顎に手を当て一時黙考すると頭を振るい口を開く。
  どうやら、この程度は大丈夫だろうと計算した上で、クランの現時点の実力を計ったようだ。
  しかして道満の読みは外れたことになる。彼にとってこれで何度目かの呪黎なのだが、随分とバラつきがあるようだ。
  クランの現状の戦闘力をある程度理解した彼は、彼女に重圧を放つのを止める。
  その瞬間、彼女はまるで重力に押し潰されたかのように、畳に倒れ込む。そして、過去急を繰り返し息を整えていく。
  クランはある程度呼吸が正常になると、上体に力をいれ半立ちになり道満を強く睨む。

  「知ったような口調だな!? 他の連中より俺様が劣っているって言ってるように感じるぜ!」
  「勘違いしないでくれ? 力の低下に関しては、正直生前強かった者ほど激しいようだ。君は決して弱いほうではない」

  そして道満に向い荒れた口調で不満を漏らす。
  気位が高く、プライドを傷つけられるとすぐ怒る彼女の気質を知る道満は、鷹揚に欠ける口調で事実を述べていく。
  その道満の言葉から、現状自分より強い者は呪黎により顕現されていないだろうことを、クランは察す。
  彼女は魅剣家歴代当主において大した実力はない。
  彼女らは呪黎により、長命と不死身の呪いを受けているため容易く死ねず家長の数自体少ないが。
  その中でも彼女の力は、下から二番か一番といった程度だ。
  それでも魅剣家当主であることには変わりなく、陰陽師としては規格外の力を誇っていたが。 
  道満が当主達の中から彼女を選んだのは、呪黎で上級陰陽師家の主君クラスの陰陽師を召喚できるかの実験だったのかも知れないと、彼女は今更に考える。その考察を脳内に浮かべたときだった。

  しばしの間、クランを見詰めていた道満は、急に彼女に興味をなくしたようで目を逸らす。

  「天月!」
  「はっはひぃ!?」

  そして、先程クランの服を用意した巫女装束の美少女の名を、強く叫ぶ。
  まるで熊の雄叫びのように深く重い響きに彼女は心底驚いたのか、背筋をビシッと伸ばし悲鳴のような返事をする。
  道満の若い美女の名を無遠慮に大声で呼び、品定めするように見上げて見下ろすを繰り返す様は、まるで性に狂った暴君のようで。同じ性別として敵対していた存在ながらクランは同情せずにはいられなかった。
  それを証拠に額に手を当て、クランは深く悲しむそぶりを見せる。

  「そう、気を張るな天月。幹部としてもっとシャンとしろ」
  「すみません茨木童子さん」

  同じ属性の集団を束ねる幹部である茨木に諭され、天月は心を強く保とうと唇を結ぶ。
  天月は幹部税の中では若手だが、それでももう道満と対峙するようになって長い。
  いつまでも名前を呼ばれるだけでびくついている様では、嘗められて困るという不安も茨木にはあるのだろう。
  恐怖を紛らわすために、彼女が絡めてきたもみじのような小さな手を優しく握り、目で言外に自信を持てとエールを送る。

  「そう緊張するな天月。まるで私が遊楽街で色目遣いする親父のようではないか?」
  「いえっ、すみません。私、道満様に睨まれるとどうしても妖力が劣るもので竦んでしまって……」

  茨木と天月の一部始終を見詰めていた道満が口を開く。
  彼の比喩にに、多くの者達が笑いを漏らす。
  特に澪采などは口にせずとも良いのに、例えが的を得すぎているとはっきり口にして、道満に本気の殺意を向けられた。
  そんな様子を見て、生前自分が世界の歪みだのと揶揄してきたクランは取り乱す。
  ただひたすらに敵だと叩き込まれてきた。
  違った側面から見れば異なる見え方をするのは、当然のことなのにそれゆえ失念していたのだ。
  笑いあい助け合う彼らを見て、彼女は黙り込む。その間も話は進んでいく。
  色々な情報が飛び交っているがクランの耳には入らない。どうやら償還されて間もないようで、疲れが溜まり易いようだ。
  そう、彼女は結論付ける。自分がこの程度で動じる弱い存在ではないと、昔から思い続けてきたから。

  『あっ、やばい。目が霞んで……』

  幹部たちが意見交換をしている間、クランはずっと無口を通した。
  何もしゃべらないというのは存外に眠気を誘う行為だが、彼女に訪れた睡魔は凄まじい物だった。
  音もなしに手を突いて倒れ込むクラン。
  腕を突っ伏し、起き上がる気力はない。加速度的に、クランの意識が遠い退いていく。幹部連の声が掠れて消えて。
  唐突に彼女は意識を失った——



      
              陰陽呪黎キリカ【第一章 第二話、迷え迷え 第二節】






  「あのクラン様? 魅剣クラン様?」
    
  揺さ振られているのが分る。綺麗でか細い聞き覚えのある声が、自分の名前を呼んでいるのもだ。
  どうやら随分深い眠りに襲われていたらしい。
  幾ら名を叫ばれても、容赦なく揺さ振られても瞼を開ける気力が沸かないのだから。
  
  「クラン様! もう、仕方ありませんね……目が覚めているのは霊力で分りますので、強引に運ばせてもらいますね?」
  「ん、宜しく」

  諦めた声の主はクランを担ぎ歩き出す。
  撫肩の細い体に似合わず強力なのは、妖怪には良くあることだ。
  容姿から怪異たちの腕力などは想像しづらい。何せ彼らは、本来妖力が大きければ大きいほど身体能力も高いからだ。
  最も、女性型は筋力は乏しいなどという容姿的差異は妖怪にも多少はあるが。
  女性の少し険が滲んだ声に気楽に返事するクラン。それに対して女性は「もう、図々しい方ですね」と愚痴を零す。

  「ねぇ、天月ちゃん?」
  「何ですか?」

  そんな愚痴をやんわりと受け流し、クランは天月の名を呼ぶ。
  呆れた風情で彼女は受け答えする。
  
  「何で君が俺様を担いでるわけ?」

  本当に素朴な疑問。
  だが、天月が甲斐性に溢れた母性的な女性だからというだけでは、解決しないだろうクランにとっての不思議。
  天月は何を非難するでもなく、優しい口調で理由を述べる。

  「あぁ、クラン様は途中で気を失ってしまったのでしたね? 私、天月がこれからクラン様の身辺を任されたということですよ!」

  「はい?」
 
  クランは天月の言っていることが良く分らず、疑問符に溢れた返事を返す。
  なぜ、そんなものが必要なのか全く理解できなかったからだ。
  
  「理解しなくて良いのですよ? ただ、身を委ねるだけで……」

  しかし、天月はそれ以上は答えない。まるで守秘義務でもあるかのように——
  

  
  
  
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【お終い】

次は、【第一章 第二話、迷え迷え 第四節】です