複雑・ファジー小説
- Re: (リメ)陰陽呪黎キリカ 一章 一ノ二更新 5/20 ( No.9 )
- 日時: 2012/06/18 11:02
- 名前: 風猫(元:風 ◆Z1iQc90X/A (ID: fr2jnXWa)
人通りの少ない縁側の下、三人の少年が語らっている。二人は紅みを帯びた髪をしていることから、魅剣家の縁者だろう。右端に座る人物は黒い髪をしているので、血縁ではないようだ。当家は一般人にも開放されているが、その厳然たる雰囲気から来客は稀だ。
彼も恐らくは、陰陽師縁の者だろう。話は自然と陰陽の話へと向くようだ。少年たちは身振り手振りを入れながら、夫々の主張を交わしていく。どうやら今回の主題は、陰陽の術の戦闘部門中核たる六行二柱についたてのようだ。
六行二柱とはこの平成の世の陰陽師が、陰陽五行説をもとにして作ったものである。すなわち木火土金水の祓霊にむかない金を省き、戦闘向けに改良した火木水風土を現代五行という。それに研鑽の末に到達した雷の領域を併せたのが、六行だ。最後に二柱とは陰と陽。光と闇の陰陽思想全般を指す。
「だーかーらぁ、陰陽五行説を妖との戦線に適応させたのが、今の六行二柱だって何度言えば分るんだよ!?」
「でもなぁ、何か可笑しいと思わへん? 二柱って陰と陽のことで最初から五行説に略して入れられてるんちゃう?」
赤髪で年不相応に厳しそうな顔立ちをした少年が、苛立たしげな顔で言う。それにたいし三人の中では一番幼く見える、蘇芳色に近い頭髪をした子供が異を唱える。苦虫を噛み潰したような表情をして、赤髪の少年は沈黙する。
「…………」
「幹也(みきや)、それくらいで黙るなよ。祝詞の類だろ? その柱が有ったほうが、六行に力が加わるんじゃないかな?」
助け舟とでも言うように、黒髪の眼鏡を掛けた少年が口を開く。どうやら厳然とした面持ちの少年は、幹也というらしい。ちなみに祝詞とは、紡がれる言葉のことである。陰陽師はこれを重要視するのだ。言語の組み合わせいかんで彼等は様々な術を発する。身に宿る霊力だけでは、技を発動するには足りないのだ。ゆえに彼等は常に言葉面に注意を払う。陰陽師という彼等を指す呼称にも、祝詞の念は少なからずあるのだろう。
「康弘(やすひろ)、それなら二柱など言わず陰陽六行のほうがいいのではないか?」
助かったと胸を撫で下ろしながらも、幹也は素直に感謝する気にはなれず、照れ隠しする。康弘と呼ばれた黒の短髪の少年は、眉根に皺を寄せ言いよどむ。それに対して今度は、幹也より深い赤髪の年少が答える。
「それは、陰陽五行との差別だと思うで? だって五行はあくまで木火土金水やん?」
「あっ」
少年の言葉を聞き二人は同時に声を上げた。どうやら基本中の基本を失念していたらしい。六行二柱はあくまで戦闘向けに加工された分派であり、本流ではないのだ。つまり、正当な陰陽を名乗れる立場にないということ。五行思想より下の立場である六行にまでその祝詞を使えば、恐らくはその名称同士が反発し合い、力がそがれてしまうだろう。
刹那の沈黙が流れた。最年少に図星を指摘され恥ずかしくなり、二人とも会話を切り出せない。
「あっ、お父さんの式や。うんうん、康弘も来ぃって」
そんなとき青い粘土作りの、ウグイスが舞い降りた。式と呼ばれるものだ。粘土や紙に呪を吹き込むことによって、生まれる彼等の従者である。戦闘力は無く、通信及び調査手段として使うのが専らだ。
「どうした蘭樹?」
「うん、ちょっと待っててや?」
どうやら伝言らしい。右拳に小鳥の式を乗せて、蘭樹(らんじゅ)と呼ばれた少年は言伝を聞く。しきりに頷く蘭樹が気になり他の二人は当惑している。名指しされた康弘が、「ひえぇ」などと素っ頓狂な声をあげ立ち上がった。それを見て彼は、小さく噴出す。
「一体どうしたんだ蘭樹?」
必死に康弘は、痴態に対する恥ずかしさを抑えながら、蘭樹に問う。彼は表情を曇らせながら言う。
「次期当主様が生まれたらしいで」
それきり蘭樹は沈黙する。康弘もだ。新たなる家族の誕生を、心の底から嬉しそうにしていたのは、幹也だけだった。
「どうした! 何で喜ばない? 魅剣家の安寧は確約されたのだぞ!?」
「…………」
意気軒昂とした様子で宣言する幹也に、そんな安易なものではないだろうと、心中で毒づき蘭樹は沈黙を突き通す。
陰陽呪黎キリカ【第一章 第一話、愛せ愛せ 第三節】
「それにしてもやっぱり、この屋敷って広いよな」
幹也の先導による道案内の途中、康弘がぼそりと言う。彼自身も陰陽師の名家出身だ。自分の家と比べるのは無理からぬ話だろう。それに彼の実家は狭い。親しい者の家が大きいことを羨ましく思うのは当然だ。
「我が魅剣家は陰陽五大家の中でも最も世間に認められているからな。先ず一般家系から便りにされる度合いが違うんじゃないか?それに政府側の援助も受けているみたいだしな」
上条の問いを大家に対する羨望と捉えた幹也は、自慢げに話す。陰陽五大家とは、魅剣家を筆頭に上条家、都境家、龍文寺家、加茂家のことを指す。まだ彼等の認知度が高い方である京都においても、陰陽師として認知されているのは、この五つだけだ。ちなみに康弘は上条家に縁のある少年である。
「はぁ」
「っていうか広い言うかて、良いことばかりやあらへんで? 迷うし、目的地行くのに時間掛かるし。時々寂しくなるし」
自分の家と見比べてか、それとも幹也の自慢げな口調に辟易したのか。康弘は盛大な溜息を吐く。それを見て蘭樹が指を口に当てながら、純粋に思っていることを口にする。どうやら蘭樹にとっては、精緻で巨大な実家の敷地が余り好みではないらしい。
「おぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「うわあぁっ!?」
木々が風に揺られて奏でるせせらぎの音さえ、大きく聞える静謐なる魅剣廷において、珍しい大音響が響き渡る。三人は突然の大音響に一瞬、挙動不審になる。
「赤ちゃんの声?」
「うん、そうっぽいね」
おどおどしながら、蘭樹が重い口を開く。廊下の左端を歩いていた康弘が、首肯する。三人は顔を見合わせ声のしたほうへと歩みだす。大部屋五つを超えた先の、障子戸を開くとそこにはアザリ達が居た。
「おぉ、丁度来たか? 驚かせてしまったかな? まぁ、我々も四苦八苦して居たところだよ?」
「どういうこと?」
額に汗を滲ませながらも安堵の表情を浮かべるアザリに、怪訝そうな顔で蘭樹が問う。彼は、一息漏らし喋りだす。
「あぁ、どうやら私の事を本能的に嫌っているようでね」
蘭樹は笑いながら言うことかと、批判しようとする。しかしそのまえに幹也が、「不届きな子供だ」などと毒づいたせいで、彼は出鼻を挫かれ沈黙した。そして心の中で蘭樹は思う。
『不届きも何も、マッサラな状態やん』
至極当然な反論といえるだろう。アザリが偉人であるなどという知識が、生まれながらに備わっている赤子など居るはずがない。
「魅剣家の次期当主様は男なの? 女なの?」
憮然とした表情をしている蘭樹を一瞥し、康弘がアザリに問う。なぜそのようなことを聞くのかと、幹也が怪訝に眉根を潜めるがアザリは柔和な表情を崩さず、いつもと変わらない語気で応じる。
「女の子だよ? 名前はキリカっていうんだ」
「え?」
その答えを聞いて蘭樹が眼を丸くした。名前のことはどうでも良い。否、陰陽師にとっては名前とは最も短い言霊として、特別されるものだが、今はどうでも良いということだ。彼はレディーファーストの気が強い。それに女性に対する呪黎は、男性のそれを遥かに超える苦痛を伴うと、事前情報で知っている。唇を震えさせながら、蘇芳色の髪を掻き分けて、強い口調で蘭樹は言う。
「お父さん、その子に呪黎を行うん?」
「あぁ……」
次男の問いにアザリは即答する。一瞬の間も無くだ。蘭樹は憤慨し言葉を重ねる。
「何でや! お父さん言うとったやん!? 女の子は大事にせぇへんといけないって! 何でそんなこと言っておいて」
強い語調で捲し立てるよう蘭樹。過去の自分の言葉を失言だったと反省する色も見せず、アザリは答えた。
「私とて嫌さ。だが、理を冒すというのは家族の命すら危険に晒すことなんだ。家長としてそのような冒険は許されない」
その言葉には、長きに渡り苦渋と辛酸を嘗めてき、たアザリの諦めの深さが滲み出ていた。上に立つ者の苦悩、現実という高い壁。蘭樹は冷然とした父の答えにそれを感じながら、諦めきれず口を開く。
「僕が、僕が次期当主に……」
「あぁ、蘭樹お前はその才能があるけど。“真紅の髪”の者しかなれない運命なんだよ」
前から気になっていたことだ。蘭樹の才能は魅剣家の当主に相応しいものと、方々から認知されていた。なのに呪黎を行おうとしない。ふと蘭樹は気付く。魅剣家において自分の目だけオッドアイではない事実。今までは目を背けていたが。
「もしかして、僕は魅剣家の正当な血縁やあらへんの?」
嘆くように言う蘭樹に、瞑目しアザリは答える。
「いや、お前は魅剣家の血縁だよ。しかし、なぜだか知らんが全く別の性質が出たんだ。頭髪が銀色だった時は驚いた」
髪の色が銀——。それは魅剣家においてありえないことだった。だが、確実にアザリとカルマの間で生まれた子だと彼は言う。蘭樹は沈黙する。“自分は呪われた子供だとでも言うのか”少年は嗚咽し崩れ落ちた。
『キリカ、キリカは僕が、護る!』
自分が呪黎を受け当主の依代になることが叶わないと知った蘭樹は、心の底から誓う。いかなる手段を用いてもキリカを護る、と。兄として一族の食い物にされる妹を守り抜くのが、自分の役目だと彼は心に刻んだ。
家族としての情や人間としての常識以上に古い因習を打ち破りたいという戦いの意思が、少年の胸中には有った。彼は絵図に出てくる竜の様なギラリとした双眸で、父アザリを睨んだ——
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【お終い】
次は、【第一章 第一話、愛せ愛せ 第四節】です