複雑・ファジー小説
- Re: 僕と家族と愛情と ( No.12 )
- 日時: 2013/07/25 13:53
- 名前: ナル姫 (ID: 6em18rVH)
- 参照: http://p.tl/SEFg
金田氏──……。
奥州の伊達氏に古くから支える大名だ。十二代当主、哉人は今現在、四十五歳。嫡男の蒼丸は十二歳だ。十四の姉、お咲そして三歳の弟、晴千代が居る。
蒼丸は元々は嫡男ではなかった。一人、兄が居た。その幼名、竜千代。しかし、兄は蒼丸が生まれる前に、七歳で死んだ。風邪を拗らせたそうだ。兄は生きていれば今は二十歳だ。蒼丸とは八歳の差がある。蒼丸は兄の事を何も知らない。
……いや、喩え兄が死んだのが彼が生まれた後でも、彼が兄を知るはずが無いのだ。彼の記憶に兄が残るなど有り得ない事だ。
理由は、蒼丸本人でさえも知らない。知るのは、彼の父、哉人、金田城の古くからの家臣、定行、そして──……
伊達家の人間達。
それは、本当に、小さな小さな事が元で。
『偏愛』……これが全ての原因だったのだ。
悪い人は居ない。誰が悪くて、誰が良くてなんて、そんな物は何も無い。人間として、当然の『心理』だろう。
だが、親としては──……いけない事。
ところで、蒼丸は自分の産みの母を知らない。父に依れば、自分を産んだ後直ぐに死んだらしい。可笑しな事に、家臣の誰も……姉でさえも蒼丸の母を知らないのだ。唯一知っているのは父のみだが、父は言いたがらない。
でも、特に知りたいとは思わない。言いたがらないと云う事は、きっと良い事では無いのだろう……。
「う〜ん……」
蒼丸は鏡を見ながら呟いた。
「蒼丸様? 如何なさいまして?」
蒼丸に話し掛けたのは彼の乳母(ウバ:母親の代わりに乳を子に与え、世話をする女性)の嘉那だ。
「何で僕は家族の誰とも似てないのかな……」
蒼丸は溜息をついた。同時に、彼の艶やかな、高い位置で一つに纏めた漆黒の髪が揺れる。嘉那は少し呆気に取られた後、薄く微笑んだ。その顔が、蒼丸の持っている鏡に映る。
「御母様に似ているのでしょう」
「……」
「気にすることではありません。顔がどうであろうと、次期当主は貴方です」
「……うん」
___
とある野原で──……。
薄茶色の、腰まで伸びた髪を風に棚引かせながら、青年は桜の木の枝を折った。桜は満開。桃色の花弁が風に舞い、空を薄く、その色に染めていた。青年は折った枝に付いていた桜の香りを嗅ぐ。
「あぁ……」
青年は切なそうな目で呟いた。
「人の世の……何と虚しいことよ……刀を振るだけでこんなにも簡単に命が消える……」
彼は彼の足下を見詰めた。赤黒く染まった、土と草。
「敵然り、この男然り……な」
血の付いた刀を鞘に仕舞った。
血の付着した地の上に、死んだ男が一人いた。