複雑・ファジー小説
- Re: 僕と家族と愛情と【コメを下さると嬉しいです…】 ( No.208 )
- 日時: 2012/11/06 19:43
- 名前: ナル姫 (ID: jSrGYrPF)
強くなりたい。
頭を良くしたい。
迷ったら、訊きたい。
悲しい時は、泣きたい。
強くなりたいのなら、修行すれば良い。
頭を良くしたいのなら、学べば良い。
迷ったのなら、訊けば良い。
悲しい時は、泣けば良い。
大丈夫。
父上は何時でも其処にいる。
___
『おうおう、随分寒い中鍛練しておるのぅ』
襖を開けて部屋から出てきた男性は、竹刀を振っていた少年にそう告げる。道理で肌が白い筈だ、なんてからかいながら。
少年は無表情のまま顔を背け、鍛練を続ける。男性は構わず言葉を紡ぐ。
『片倉に右目を切り取って貰ってから、外に出るようになったではないか?前は庭にすら出なかっただろう?』
少年の腕が止まる。竹刀を振り下げたままの体勢から動かなかった。軈て、竹刀の先が地面に付き、少年はやっと言葉を発する。
『外は…今でも嫌いです』
『ほう?』
『人が多い所は馴染めない…けれど』
汗の滴る顔を上に向ければ、その隻眼に三日月が映る。
『夜なら、誰もいませんから』
その声には、きっと最低限の感情しか含まれていない。それくらい淡々としていて、それでいて様々な感情——不安、悲しみ、満足感——そんな物を感じさせる声だ。
男性は一言、そうか、と答える。目は、何処か嬉しそうに細められていた。
白に、赤に、黄色に、青に、輝く星達。消えてしまいそうに細い三日月。漆黒に染め上げられた空。
息子は、元気でいるだろうか?
この空と同じ様に、漆黒の髪を持つ息子は、家臣の家で良い子にしているだろうか?
『…?父上?』
空から目を離さない父を見て、隻眼の少年は声を掛ける。男性はまだ目を離さない。軈て口を開いた。
『政宗、もし蒼丸が伊達の人間だと分かって、伊達に戻っても、弟を嫌うなよ?
…仲良くやりなさい』
……齢十二の少年に、その真意は解らない。遠回しに、知られてしまった時の為に弟の保険をかけたのか、単純に兄弟で仲良くして欲しいという願いか。
判断が出来なかった彼は言葉に詰まり、はあ、と曖昧な返事をした。
あれから七年……。
従兄と自らの不注意により、一応でも弟である人に十三年隠していた秘密が知られ、その弟は伊達家で働く事になった。
父の言葉は今でも脳裏に焼き付いている。いるのだが……。
嫌わない、なんて彼には出来ない……。
(俺はそこまで器の大きい男ではない)
そして今、その弟は父に会いに行こうとしている。
輝宗としても、長年ちゃんと父であると言えずに歯痒い思いをしてきた筈だ。再会は、この上ない喜びに満ち溢れるだろう。可愛がるのだろう。笑い合うのだろう。
……それがどこまでも寂しい。それが正直な彼の心だ。
「暗い顔をしていらっしゃいますな」
「…別に」
「大丈夫ですよ。…一時期は輝宗様の小姓として支えていた身として申し上げますれば、あの御方の行動は常に政宗様の為の物でした。蒼丸を可愛がられても、貴方様を捨てるなど有り得ませぬ」
静かに語る小十郎。その瞳は嘘をついていない。
……元々、嘘をつかない男ではあるが。
「……そうか」
間を置いて応えれば従者は何処か満足気で、政宗も少し笑えた。
輝宗から貰った言葉が尽きないのは、政宗の側にいたのは輝宗だったから。
「…まぁ」
好かないが、父に会うだけの時間は与えてやろう。
そう小さく発せられた彼の呟きは、雲のない青空へ吸い込まれた。
→短めです。
蒼丸と輝宗の再開の前に、ちょいと昔話を入れました。輝宗と政宗の話ですね。