複雑・ファジー小説
- Re: 僕と家族と愛情と【コメを下さると嬉しいです…】 ( No.213 )
- 日時: 2012/11/16 20:04
- 名前: ナル姫 (ID: 6xeOOcq6)
二本の腕が強く蒼丸を抱き締める。
嗚呼、これが本当の父親なんだ。言いたい事が沢山ある。聞きたい事だって、沢山……それなのに、彼は声が出なかった。
『金田哉人』。それが、蒼丸の中では父だった。血は繋がっていなくとも、育ての親を忘れはしない。だがその想いさえ、この腕の中では頭の隅に追いやられてしまった。
「すまなかった…本当に、すまなかった…!」
「てる、むねさ…」
「儂は…政宗の事に、家の事に気を捕らわれ過ぎた…お前の事を、考えていなかった…」
瞳から大粒の涙が溢れてきた。悲しいわけではない。嬉しいわけでもない。ただ、泣きたくなっただけだった。
寂しかったのかもしれない。態とではないとは言え自分の秘密を知り、死んだ父は父ではないと言われ、兄には拒絶された。もう一人の兄は拒絶しなければいけなかった。もはや虚無であった家族の一員を、初めて感じ、認められた。
寂しさが吹き飛び、安心感が入り込む。そのための涙。
「父、上…」
輝宗は無言でいた。腕の力は一層強くなる。
「ずっ、と…寂しかった…!」
蒼丸の足の力が抜け、彼は声をあげて泣き始めた。
——ずっと我慢してきたもんなぁ……。
成実が何とも言えない表情で二人を見た。一度、大声で泣いた方が良いだろうと、彼は蒼丸を連れてきたのだ。正解だったのかな、と頭の片隅で考える。
「輝宗様」
言いながら成実は輝宗に寄る。
「折角三番目の子もこうして父親を知れたんですから、長生きして下さいよ」
梵天丸の為にも、と付け足した成実。顔は晴れ晴れとしていた。
「分かっておる。天下を見るまで死ぬ気はないぞ」
「天下…」
まだ僅かに震える声で蒼丸は呟いた。ニヤ、と口元を上げて成実は頷く。そして大仰に腕を広げて見せる。
「そう、天下だ!俺達伊達軍は北を平定して、どんどん南下してこの手で日の本を治める!!それが俺達の夢だ!」
——天下。
その二文字が蒼丸の頭の中でぐるぐる回る。何を考える訳でもなく、淡々と響く言葉。
冷淡な兄がそんな物を夢見ていたなんて、意外としか言い様がない。いくら奥州探題に命じられた事があるとは言え、伊達は小大名。天下なんて夢のまた夢……手に届かない存在。
それを彼は、自分達で取ると言う。
「儂だ」
そんな蒼丸の心情を読み取ったかの様に、輝宗が語り出す。
「儂が幼い政宗に、散々言い聞かせたのじゃ。…耳に胝が出来るくらいな」
輝宗は、まるで無邪気な子供の様に笑った。呆気にとられる蒼丸の頭を撫で回せば、整えられた漆黒の髪がグシャグシャになる。
昔の事を、今でも覚えているなんて、今でも守る気でいるなんて、益々意外だ。だが次の瞬間、それに対する彼なりの答えが頭に浮かんだ。
(そう言えば…)
兄の味方をした『家族』は、父だけだったのだ。
だから何年も前の事をずっと……?
「蒼も見るだろ?」
「へ?」
「彼奴が取る天下」
飽くまで取るのは我主であると言い張る成実に、彼もまた笑顔を見せた。
「はい!」
「おし!じゃ、一杯勉強して、強くなれ!」
そんな二人の会話を聞いて、輝宗は昔政宗に言った事を思い出した。
『強く?』
『強くなりたいんです』
『ひたすら、修行しなさい。それが何よりの近道だ』
『…』
『どうした?』
『…学ぶ事も、同じですか』
『あぁ、勿論。頭を良くしたいならひたすら学ぶのが良い。…後な』
『はい?』
『迷ったら、訊きなさい。泣きたい時は、泣きなさい…儂は何時でも此処にいるから、な?』
思えば、あの時だけだったかもしれない。右目を失ってから、政宗が安心したような笑顔を彼に見せたのは。
『はい…父上』