複雑・ファジー小説

Re: 僕と家族と愛情と【コメを下さると嬉しいです…】 ( No.234 )
日時: 2012/11/20 20:30
名前: ナル姫 (ID: MK64GlZa)  

小雨が降る。
さーさー、さーさーと。
ゆっくり歩くような雨音は、植物に自然の恵みを、人々に憂鬱感を与える。だがここにいる親子は、それさえも吹き飛ばす様に会話を弾ませていた。

「その時の成実ったらもう可笑しいのなんの!」
「ちょっ…その話はもう止めて下さいよ輝宗様!」
「えーもっと聞きたいです!」
「じゃぁ息子の希望に応えて」
「やーめー!」

そんな楽しい話をしていたのだが、その雰囲気は唐突に暗い物になった。
蒼丸が政宗の話を聞きたがったのだ。

「政宗の話…か…」

彼の人生に、間抜けな過ちは無かった。聞いて気持ちの良い物ではない。彼の今までは、ある意味間違いだらけで、普通の人なら渋る事も平気でやってのける人間になったのだ。

「…お前が…二つの頃にな」

静かに輝宗は語り出す。
政宗の人格を作り上げた原因の一つを。

「義理の兄に当たる、義光殿が政宗を訪ねにきた」
「最上…義光?」

蒼丸の問い掛けに輝宗は頷く。

「そして彼は…まだ七つの政宗に刃を持たせ、弱った兎を前に起き、こう言った」

『梵天よ、この兎を殺せ』

「…どうして…そんな事…」
「知っていると思うが、その頃の政宗は暗かった。何時までもそのままでは立派な武将になれないと…そう言ってな」
「それで、政宗様は…」
「…」

『…伯父上様』
『ん?』
『…出来ません』

輝宗の口から出た政宗の回答に一安心した。だが、それでは終わらないだろうと言う少しの好奇心も混じる。
案の定、それだけではなかった。

「だが義光殿はこう言い聞かせた」

『これくらいの事が出来ぬのであらば、主に家督は任せられぬであろうな』

「そんなっ…そんなの、卑怯です!最上義光は…僕にとっても伯父に当たりますけど、そんな人なんですか!?」

輝宗はゆっくり頷いた。それが、自分が結婚した人の兄であると、最上家の残忍な当主であると、認めていた。

「政宗にとっては、認められる事が全てだった。家督を相続する事は、それを意味する…結局、彼奴は…」

降り下ろされた刃。切り裂かれた皮と肉。白い顔にも血は飛び散り、その鮮やかさを際立たせていた。

政宗が、生き物の命を奪った瞬間だった。

「…止めなかったのですか…?」

その問いに対する答えは、あまりにも情けない物だった。

「止めて、辛うじて保たれている伊達家と最上家の均衡を崩すのが怖かった…伊達は小大名…最上とて元を辿れば伊達家から独立した家だが、戦力はきっと…」

認めたくない為か、その続きは言わなかった。それに蒼丸も俯くしか出来ない。
重くなった空気を壊す様に、成実が明るい声を上げた。

「はいはいそこまで!折角の再開を重い物にしない!」

俺、茶入れてくるよと言い残し、成実はその場を後にした。後に輝宗が、優しい子じゃと溢した。
蒼丸も、そう思った。今でも政宗が成実を側に置くのも分かる。
成実だってあの事を知らない訳ではない。寧ろ、あの場に立ち会っていた。今でもハッキリと、あの日の事は覚えている。
追い詰められた表情で、兎を斬った幼馴染みを。

(最上…義光)

脳裏に刻まれたその名を、成実が許す日は来ないだろう。幼馴染みの人格を壊した人物を。

(駄目だな、俺も餓鬼すぎる)

苦笑を漏らして、正気を保つしかないのだ。


___



「殿、此処が宮森城でございます」
「ふむ」

宮森城の前に、幾つかの影があった。大柄な男が一人、あとは比較的普通の体格の男達が十人ばかり。


そうして悲劇は訪れた。