複雑・ファジー小説

Re: 僕と家族と愛情と ( No.301 )
日時: 2013/01/06 20:44
名前: ナル姫 (ID: jSrGYrPF)  

金田城では、とある男女が話していた。

「定行殿…本当に連れ帰るのですか?」
「はい…政宗様は攻め倦めて、仕事もろくに出来ていないと聞きます。そんな政宗様の所に蒼丸様を置いてはいられません。それが喩え、蒼丸様が望んだ道でも」

男性——木野定行は、意を決したように拳を握りしめる。それに対して女性——喜多は、諦めた様に溜息をついた。

「分かりました…では、お気を付けて」
「はい」

定行は馬に跨がり、小浜城への道を急いだ。


___



ガシャン、と何かが割れる様な音がしたのは昼頃、雪が降り始めた時間だった。暫くすると、音のした部屋の障子に黒い染みが広がる。

「…?」

部屋のすぐ横の庭で修行していた少年は驚いてそれを見詰めた。だが障子が開くのを見ると、急いで木の影に隠れる。少ししてから、声が聞こえた。

「何をやっていらっしゃる…」
(…片倉様…)
「墨だってお金がいるんですよ?ねぇ蒼丸?」

隠れていることを完全に見破れていたらしい。恐る恐るといった調子で、蒼丸は木の影から姿を現した。それを確認すると、小十郎は蒼丸に対して優しく微笑む。

「こ、これどうしたんですか?」

女性の声が聞こえた。綾だ。
部屋の中は紙と墨、筆でぐちゃぐちゃに荒れており、政宗は机に突っ伏していた。

「上手くいかないからといって紙や墨を無駄にするのは止めて頂きたいのですが…障子も替えなければいけないではないですか」
「……」

政宗は答える気配すら見せない。空気が重くなっていったが、それを壊す様に陽気な声が聞こえた。

「蒼くーん、定行はんが呼んでるでー?」
「あ…はい!今行きます!」

蒼丸は稽古着のまま走って行った。

(定行…何の用だろう?)

客間に着く。そこには定行と、彼に茶を出していた恋がいた。

「定行、どうしたの?」
「蒼丸様…金田城に戻ってきてください」
「——え?」

蒼丸の中に強い衝撃が走った。混乱に呑まれ、返事が出来なかった。やっと出てきた言葉は、何で、だった。

「今の政宗様の側に、貴方を居させとうございません…何卒」

深々と定行は頭を下げた。軈て、蒼丸は覚悟を決めた様に頭を上げる。

「定行」
「は」
「僕はまだ、ここでやりたいことがあるんだ」
「やりたいこと…とは?」
「政宗様に気付かせるんだ」
「?」
「政宗様…輝宗様——父上が亡くなってから一度も涙を見せてないんだ。そのせいで仕事も出来ないし、戦も上手くいかない…それに政宗様は気付いてない。だから気づかせる」

定行は目を見開いた。

「ね、良いだろ?それだけはやりたいんだ」
「…分かりました。しかし、どの様に?」
「早い話、今動揺してるんだろ?だったら話は簡単だろ?」

蒼丸は不敵な笑みを浮かべる。その笑顔は政宗そっくりだった。


___



「——政宗様」
「…」

政宗はさっきの場所を動かずにいた。話し掛けたのは恋。障子を替えに来たのだ。

「服にまで墨が付いていますよ。洗うので脱いでください」
「…煩い」

成す術がなく、嘆息を漏らした恋。そこに雑巾を取りに行った納が帰ってくる。

「…掃除は後で良いから…一人にしろ」

感情の込められてない声色。納も恋も従うしかない。二人は部屋から出た。そして少し歩いた所で。

「!」
「蒼丸…」
「納さん、恋さん!政宗様、そこにいますか?」

声に、政宗は少し顔を上げた。

「はい、いますよ」
「ありがとうございます」

そしてトタトタと廊下を歩く音。確実に政宗の方に向かっていた。音が止まった直後、襖が勢いよく開いた。それと同時に声が発せられる。

「政宗様!!」

政宗の鋭い左目が蒼丸を見据えた。


「僕と、真剣で勝負してください」