複雑・ファジー小説
- Re: 僕と家族と愛情と ( No.302 )
- 日時: 2013/01/11 16:06
- 名前: ナル姫 (ID: zi/NirI0)
『真剣』。この言葉には二つの意味がある。
一つは、一生懸命や本気などと同じような意味。
そしてもう一つは……木刀や竹刀ではない、刃を持つ刀。
勿論蒼丸の言った『真剣』とは、後者だ。
「何を言うかと思えば…」
呆れたように政宗は返す。蒼丸の顔は本気だ。
「小姓なら仕事を貰ってきたらどうだ」
「僕は本気です!勝負してください!」
二人だけの部屋に声が虚しく響く。政宗が冷たく蒼丸を見詰めた。
「定行」
政宗が声を出す。そして立ち上がった。それと同時に廊下に隠れていた定行が現れた。
「お前ので良い。貸せ」
政宗が言うと、定行が腰から刀を鞘ごと抜き、政宗に渡した。政宗はゆっくりと鞘を引いていく。徐々に刃が現れ、外からの光を反射していた。半分ほど抜いたところで、政宗は鞘から手を離した。刀を下に向けるとゴトンと音を立てて、鞘は畳の上に落ちる。
切っ先を蒼丸に向けた。
「なら斬ってみろ。お前の手で、直接儂を」
蒼丸の鼓動が高鳴る。緊張は解こうとすればするほど張り詰め、正気を失ってしまいそうな程だった。
強張る体を無理矢理動かし、腰に差した刀を抜いた。邪魔にならないよう鞘も投げ捨てる。
___
大変なことになったと噂が城中を駆け回り、家臣達が政宗と蒼丸の兄弟対決を見に来た。小浜城の庭に、溢れんばかりの人が押し掛ける。
「いざ、尋常に」
小十郎の声が響いた。
「始めッ!!」
パン、と地面が爆ぜたように感じられた。
気が付けば、政宗は既に蒼丸の眼前にいた。
「——ッ!」
キン、と金属の交わる音が響き渡る。蒼丸は危ない所で政宗の刃を防いでいた。
互いに一歩ずつ下がり体制を整える。
(速い…!話には聞いてたけど、ここまでとは…)
早く感じられるのは蒼丸の体が緊張で固まっていると言うこともあるだろうが、蒼丸はそんな事を分析出来るほど冷静ではなかった。
タンッと蒼丸が地を蹴る。政宗の目前まで来た所で右足を捻り、政宗の右へ移動した。
「!」
焦った表情を見せる政宗だが、それも一瞬の事。右足を即座に引き、刃に対応した。それでも尚、蒼丸は政宗の右側を執拗に攻める。家臣達がざわつき始めた。
「政宗様の右側を…」
「あの小姓只者ではないな」
小十郎は一人、目を細目ながら。
「一々正しいですねぇ…」
ただ一言。
政宗もずっと右側を攻められる訳にも行かず、今度は十字型に交わった刀を強く押し返した。蒼丸は踏み留まれず、地面に仰向けに倒れる。好機とばかりに政宗が蒼丸の上に飛び乗ろうとしたが——。
「がッ!?」
短い奇声を挙げ、政宗の体は逆に倒された。蒼丸が足を思いっきり曲げ蹴り飛ばしたのだ。政宗が怯んでいるうちに蒼丸が政宗の上に乗る。そして切っ先を政宗の喉元に突き付けた。
「ッ…」
二人の乱れた息だけがその場に響いている。
政宗が負けた——この事実は周りの人達を声も出ない状況にしていた。沈黙を破ったのは、蒼丸だった。
「何で負けたか…分かりますか」
言いながら蒼丸は刀を地面に投げ捨てる。政宗はただ驚いて蒼丸を見ていた。
「貴方が、自分で思っている以上に動揺してて弱ってる事…気付いてますか?」
尚も彼は続ける。
「何で我慢なんてするんですか?泣きたければ泣けば良いじゃないですか!おかしいですよ!我慢したって何の得にもならないのに!」
「蒼丸様!」
聞こえたのは定行の声だ。彼は人を掻き分け、彼の主の下へ走っていった。蒼丸を立たせ、しゃがむ。
「…政宗様、今のは皆の声ですよ。皆が思っている事です。貴方がどう思うかは自由ですが…どうか、心の隅に置いてくださいませ」
深々と頭を下げる定行。
そしてその後、政宗は——。