複雑・ファジー小説
- Re: 僕と家族と愛情と ( No.304 )
- 日時: 2013/01/14 10:59
- 名前: ナル姫 (ID: zi/NirI0)
カラカラと乾いた笑い声が部屋に響いた。声の人物の前で、綾は溜め息をつく。
「…で、こっぴどくやられてここに逃げてきた訳だ」
「…まぁ…そう言う事に…」
言いながら綾はチラリと横を見た。視線の先には縁側。そこには話の中心人物となっている政宗が座っており、降り積もる雪を眺めていた。
「私は政宗様の護衛をしただけなのでもう帰りますが」
「…ん」
返事は短かったが、綾は一度頭を下げてその場を立ち去った。馬の足音が遠ざかる。そこで虎哉が口を開く。
「…泣ける場所を探しに来たのだろう?」
「…」
「お前は強がりだもんなぁ…」
政宗は外を眺めるだけで虎哉を見ようとはしない。虎哉は立ち上がり、こっちへおいで、と言う。政宗は不思議そうに立ち上がった。
隣の部屋に入る。虎哉は少々大きめの箱を持ってきた。蓋を開けると、優に百通を越える書状が詰まっていた。
「…?」
「輝宗からの文じゃ。百…五十通くらいか」
「そんな…たった十三年で…」
驚きを隠し切れない政宗に、読んでみなさいと虎哉が言う。政宗は一番近くにある文を手に取った。
『いきなりの手紙、失礼いたします。美濃の名僧と名高い、虎哉様にお願いがございます。この度、我が嫡男梵天丸が天然痘を患い、命こそ取り留めたものの、右目を失い暗い子になってしまいました。そんな子を、是非虎哉様の教育で明るい子にして欲しいのです。急な願いではありますが、御返事、お願いします』
「…それは、一番最初に来たものだ」
政宗は次の手紙を手に取った。
『どうかお願いします。御礼なら幾らでも払います。人を信じてくれない政宗に、世界は広いと教えてあげたいのです——』
『了承して頂いて恭悦の至極です。一週間後、篭を向かわせます——』
『梵天丸は元気にやっているでしょうか?風邪を引かないように——』
『少し、明るくなったような気がします——』
『梵天丸も、少しですが笑うようになりました——』
読んで読んで読み進めて、最後の一枚になった。
「…輝宗が、最後に送ったものじゃ」
ガサリ、と音を立てて紙は開いた。紙がまだ白いところを見ると、最近の物なのだろう。
『政宗は、着々と南奥州の平定を進めているようです。嬉しい一方で、私の手を必要としなくなり寂しくもあります。しかしながら、あの子はまだ小さく、私以上に寂しがり屋です。それに、何故か、私は長生きできない気がします。虎哉様、もし私に万一の事があれば——』
しっかり読めたのはそこまでで、その先は読めそうになかった。唯一見えている左目からは涙が溢れ出て、視界が潤んで仕方ない。はらはらと落ちる塩辛い雫は、父の形見となる手紙に落ちていく。
あぁ、でも。
父は自分の事を最期まで案じてくれていた。
『万一の事があれば』
『どうか、私の代わりに、あの子の親になってあげてください——』
「…お前は一人じゃない。一人じゃないよ、政宗」
「——ッ…!!」
「だから、もう我慢しなくて良いよ」
その瞬間、フッと政宗の糸が緩んだ。溢れ出す涙を拭うのは最早不可能だった。
「うあーーん…あっ…ちち、うえ…」
声を挙げて泣いた、なんて、何年ぶりだろうか。
虎哉は政宗の体をゆっくりと抱き締めた。
「ほん、とは…っずっと、分かっておりました…父、は、こんなことっ……望まないとっ…敵討ち、では、なく…しっかり葬ることを……望んでいると…!しかしっ…憎しみが、勝り……逸って…俺…俺ぇ…!」
虎哉は強く政宗を抱き締めた。その続きは言わなくてもわかっている。
分かっているのだ、この子も。間違っていたと。畠山に対する条件が厳しすぎたのだと。
雪が止んだ。
雲が引いた。
星が瞬いた。