複雑・ファジー小説

Re: 僕と家族と愛情と ( No.329 )
日時: 2013/02/10 14:28
名前: ナル姫 (ID: a5oq/OYB)  

成実と光という一組の夫婦が愛を語らっていた日の早朝、小浜城にて。
襖が開き、中から政宗が出てきた。まだ正室の愛は寝ていたのか、音を立てないように気を付けていた。紫色の生地に桃色に染め抜かれた蝶の模様が入った上着を羽織ながら、彼は縁側に腰を下ろす。右の手には煙管キセルが握られていた。
煙管を口にくわえ、パラパラと降る雪を眺めていると、突然背中にふにゅりとした柔らかい感覚が走った。

「風邪引きますよ」

驚いて後ろを見れば、愛しい正室の姿。政宗は小さく小さく微笑み、また雪へ視線を戻した。

「お前に言われたくないな」

愛は上着を着ていなかった。寝巻きのままである。

「愛は政宗様ほど体が弱くありませぬよ」

言葉に口を尖らせた。拗ねた様に顔を反らすと、頬に暖かい物が当たる。
大して驚きもしなかったが、少しだけ目を見開いて愛を見詰めれば、彼女は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

「…風邪引くぞ」

そう言って、自分の上着を愛と分け合う。蝶が染め抜かれた紫色が、二人の体を優しく包み込む。

「大丈夫…暖かい」
「…そうか」

コツン、と愛の頭が政宗の肩に乗っかった。そんな愛を包むように、政宗は愛の頭に自分の頭を乗っける。

「…こんな日でしたね」
「あれは睦月だった」
「えぇ…でも、丁度こんな粉雪が降っていました」

二人が初めて出逢った日は。二人で最初の一歩を踏み出した日は。
二人の婚儀は、一面の銀世界に覆われていたのだと、二人は今でも覚えている。

『田村家息女、愛でございます』
『…藤次郎政宗だ』

礼儀正しくきっちりと挨拶をした愛に対し、無愛想で不器用ながら、何とかぎこちなく言葉を紡いだ政宗。相性は最悪かと思われた。
でも二人は、子こそ居ないものの、こうしてお互いを愛し合っている。不器用に、率直に、素直に、恥ずかしそうに、照れながら、時には言葉に乗せて、時には体で、時には表情で。
降り積もる、止む気配を見せない粉雪を眺めながら、今日は静かに体を寄せ合って、お互いを暖める。心を、体を。

竜とその正室は、静かに愛を語り合う——……。

「「…朝から何やってんですか」」
「「っ!!?」」

突如背後から聞こえた声に驚き振り返ると、銀色の髪をもった双子の少年達がそこにいた。政宗の小姓である、虎丸と獅子丸だ。

「…部屋にいないと思ったら寝所の縁側に…風邪引きますよ」
「お熱いところ申し訳御座いませんが、風邪引かれたら困るのでさっさと中に入ってくれません?」

呆れたように言葉を口にする獅子丸に、ニコニコと重圧を掛ける虎丸。似ていないようで何だかんだ似ている双子だ。

「「あ、そうだ。凉影様が仰ったのですが、二条氏が来るらしいです…って…」」

言葉が一言一句全て被った双子はお互いに顔を見合わせる。

「俺に言わせろよ虎丸!」
「そっちがだろ獅子丸!」
「分かった分かった……二条殿は何時来るって?」
「……夕方らしいです」
「分かった」

政宗の声で漸く大人しくなった虎丸と獅子丸は、朝餉を持ってきますといって部屋を後にした。

「きっと同盟の話ですよ」
「……」
「政道君とか、結婚させようって言う話じゃないですか?」
「……さぁな。なんにしろ相手の態度次第じゃ」
「…蒼丸君も選択肢に入ってますか?」

政宗は一瞬キョトンとしたが、すぐに頭を振って肩を竦める。

「まさか。彼奴は小姓じゃ」
「ふふ、そうでしたね。じゃあやっぱり結婚するとしたら政道君ですか」
「儂かもしれんぞ」
「させませんよ」
「お前は…有り得なくないぞ。政道は——」

言い掛け、政宗は口を閉じた。少し、奥歯を噛み締めているのが分かる。

「——政宗様?」
「…いや、何でもない」

自虐的に小さく笑う彼を、愛は抱き締めた。

「…義様が政道様を離さないと言うなら、私が政宗様を離しません」
「…愛」
「だから、安心してください」
「あぁ……ありがとう」