複雑・ファジー小説

Re: 僕と家族と愛情と【参照3000記念スピンオフ】 ( No.362 )
日時: 2013/03/27 17:55
名前: ナル姫 (ID: jSrGYrPF)  

迫る。大きな顔と嫌らしい目が少年に圧力をかける。
有無を言わせぬ言葉と反らされた目から少年は思う。藤田家に行くしか、ないのかと。
藤田家の人間たちは基本的に強欲だ。それが小十郎は嫌だった。
軈て、諦めたように言う。

「……分かりました」
「良い子ね」

上機嫌で女は言う。荷物を纏めて、と喜多が小十郎を急かした。小十郎は駆け足で自室に戻る。風呂敷に服などを入れながら、考えた。

(僕って…邪魔者なのかな?)
「小十郎!早く!」
「っ!は、はい!」


___



「では、弟をお願いします」
「えぇ。お任せして」

深々と喜多は頭を下げた。

「じゃ、帰りましょうか」

継母となる女の声に反応し、何人かのお付きの者が足を進めた。小十郎も後から付いていく。
たしか、藤田に子供はいなかった。そうなると、当然小十郎が跡を継ぐことになるのだろう。しかし、所詮まだ10歳の子供。いくら跡を継ぐためとは言え、家中の人間が自分を快く思わないのは目に見えていた。
これからの自分に待っている未来を考えて——小十郎の心は暗くなっていった。


___



「ここが貴方の部屋よ」

紹介された部屋は僅か四畳程度の小さな部屋だった。全く、こうしたわけだ。良い待遇なんてこれから先ないだろう。いや、あるわけがない。自由に使ってと言われても自由も何もあったもんじゃない。

「はぁ…」

ごろんと横になり、長く歩いてきた足腰を休める。
この武士の世で、刀を振って、主に忠誠を近い、戦場に出て、命を落とす。この流れで死ぬものが何人いるのだろう。まるで無意味、そして虚無に包まれた世界で、生きる気力なんてないも同然だ。
だが……。

「小十郎様」

ビクッと小十郎は跳ね起きた。

「は、はい!!」
「刀の稽古を致しましょう」

名前を様付けで呼ばれることに、少し嬉しさを感じたのは確かだった。


___



小十郎は思いの外大切にされた。もともと頭もよく利口だった小十郎は義理の両親に大切にされたし、家臣もよく小十郎を敬った。継母はもう子供を産める年齢でもなく、このまま小十郎が跡継ぎになる話が広がった。
また、喜多も伊達家の跡取りとして生まれた梵天丸の乳母に抜擢され、小十郎と喜多の人生はそれぞれ良い方向に向かっていたのだが——。

「…母上、顔色が優れませんね…?」

すっかり継母を『母上』と呼ぶことが定着した頃だった。

「?…そう?」

笑ってはいるがその顔は青く、どう見ても病か何かを患っているように見える。

「医者を呼ぶべきでは…」
「そんな…大丈夫よ…うっ…」
「母上?」

その瞬間継母はその場にしゃがみこんだ。手を口で押さえ、一生懸命何かに耐えている。

「は、母上!?」

継母はゆっくりと手を口から離す。同時に咳き込み、何かが口から垂れてきた。それが何なのか、一瞬で彼は理解した。

嘔吐物。

「母上!しっかりなさってください!」

医学の知識がなかった彼はただ励ますことしか出来なかった。その後、通りかかった家臣が彼女を寝所へ運び、医者を呼んだ。医者の言葉は——。

「御懐妊でしょうな」

あまりにもあっさりとしていて、それでいて重みのある単語。人間五十年と言われる時代で、もう彼女は40近く。よく子供ができたものだ。

「跡継ぎはいらっしゃいますし、女子が産まれると宜しいですなぁ」

穏やかな表情で医者は言った。
だがこの後、小十郎の人生は暗転していく——。


___



果たして産まれたのは、男子だった——。そして囁かれた。

『跡継ぎは小十郎様ではなく、新たにお生まれになったお方が……』

「っ…」

Re: 僕と家族と愛情と【参照3000記念スピンオフ】 ( No.363 )
日時: 2013/03/30 11:45
名前: ナル姫 (ID: cZfgr/oz)  

「おうおう、元気に泣くのう千寿丸」
「殿、我が藤田家の跡取りは…」
「何を言うか!こうして妻も高齢ながら子を生んでくれたのじゃ!千寿を跡継ぎにしないでどうする!」

養父母の溺愛ぶりは凄まじいものだった。望みを失っていた、やっとできた実子。こうなることは分かっていたが、流石に寂しかった。

「——……」

ついこの間まで、家の中心にいたのは自分の筈だった。それを、奪われた。それだけのことが、少年の心に大きな影響を与えた。
鬱屈とした日々を送る少年の姿は、すでに両親には見えていなかった——。


___



金田城——。

「では哉人、宜しく頼む」
「えぇ、畏まりました」

艶のある黒い髪に蒼っぽい黒い瞳、白い肌。とてもその子供は美しかった。

「良い子に育てよ……蒼丸」

まだ言葉と言う単語すら知らない幼子に話し掛けると、その実父は名残惜しそうに背を向けた。

蒼丸が金田家の養子になった日、城下で、大火事が起こった。


___



先日の酷い嵐でただでさえ大打撃を受けた城下に追い討ちをかけるように起きた火事は、藤田家に処理が任せられた。
城下に響く人々の断末魔と炎の轟音。

「風は東から吹いています!東に逃げて!」

家臣たちが必死になって住民を促す中、小十郎は井戸から水を汲んで消火活動をしていた。無心で水を汲んで火を消すと言う行動をしていた最中、ふと思い出す。

風は——『嵐が過ぎたあと、吹き返しつつそれまでとは逆の向きに吹く』。

ハッとし、急いで城下まで走った。風は今止んでいる。となるともうすぐ西からの風になる筈だ。

「皆さん!急いで西へ逃げてください!」

小十郎の声に民が振り向き、少しざわつく。藤田の家臣が不思議そうに小十郎に話し掛けた。

「嵐が過ぎた後は、吹き返しつつそれまでとは逆向きの風が吹く!もうすぐ西から風が吹く筈だ!」
「し、しかし…」
「跡継ぎではなくても僕は藤田の人間だ!民を避難させろ!」

いつもの温厚な小十郎とは違う、殺気すら感じる小十郎に気圧され、家臣はあたふたと民を避難させ始めた。
そして民の避難が終わった頃、予想通り西からの風に変わった。

三刻後、漸く火は消された。


___



「ようやったぞ、藤田家の皆」
「有り難きお言葉、輝宗様」

藤田の人々が頭を下げる。そこに小十郎の姿はなかった。

「うむ…風の向きが変わると言って民を避難させた少年がいると聞いたのだが」
「あぁ…あれはいま、藤田の屋敷に」
「何故連れてこない」
「あ、あの者は跡継ぎではありませぬ故、米沢に連れてくるのは…」

吃りつつも言い訳する藤田の当主を見て、輝宗はくだらんと吐き捨てた。

「よき働きをした者に身分も何もあるか!連れて参れ!」
「はっはいっ!」

そして小十郎は米沢に招かれた。

「こ、小十郎にございます」

輝宗を前に、深々と小十郎は頭を下げた。

「うむ、賢そうな良き者じゃ。…小十郎」
「は、はい」
「そなた、藤田に留まる気はあるか?」
「へ?」

思わず間抜けな声が出る。い、一体何を言っているんだ?留まるも何も、彼処しか居場所がないのだが。

「は、はい…」
「そうか、残念だのう…」
「…?」
「もしお前さえ良ければ、儂の小姓にしたかったのだが」
「え!?」

驚きと同時に沸き上がる歓喜。聞き間違いだろうかと言う思いもあるが、確かに今、小姓にしたいと言った気がした。

「私を…小姓に…?」
「あぁ。嫌か?」

『藤田の跡継ぎは——……』

思い残すことなどない。

「藤田に、何の未練もございません!」
「よう言った!」

輝宗は、藤田で起きたことを全て知っているのだろう。だからこそ小十郎を思い、小姓としたのだ。
突然訪れた転機に、小十郎の心は踊った。