複雑・ファジー小説
- Re: 僕と家族と愛情と【参照3000記念スピンオフ】 ( No.369 )
- 日時: 2013/04/05 12:39
- 名前: ナル姫 (ID: DLaQsb6.)
輝宗の小姓になってから六年——元服も済まし、初陣もした小十郎はある日——。
「…ん?」
「梵天丸ー!」
「梵天、出てきてよー、遊ぼうよー!」
二人の子供が襖を叩いていると言う些か奇妙な光景を目にした。一人は茶色の髪を後ろで一つに縛り、一人は赤茶色の肩くらいの長さの髪だった。
『梵天丸』。輝宗の長男のはずだが、どうかしたのだろうか。彼はまだ梵天丸の姿を見たことがない。疱瘡を患い、右目を失ったことしか知らなかった。
それにしてもこの子達は誰なのだろう。
「あの…?」
「ん?誰?」
反応したのは一つ縛りの方。キョトンとした顔で小十郎を見上げた。二人とも、九歳か十歳と言ったところだろうか。
「私は、輝宗様の小姓の小十郎です」
「ふーん、小姓か。俺は時宗丸だ」
「僕は若松と言います」
時宗丸と名乗った一つ縛りの少年に続き、赤毛の少年が名乗る。
「どうしたのですか?」
「梵天丸が出てこないんだよ。遊ぼうって言ってるのに」
「はぁ…しかし無理強いは良くないので」
止めた方が良いのでは?と少し出過ぎた事を口にしようとしたその瞬間。
ス、と音がなり、襖が開いたかと思うと、直後に鈍い音が響き渡った。気が付くと、時宗丸はそこにおらず、突然の事に驚いた若松の表情が見えた。
「いってぇ…何だよ、元気じゃねぇか」
庭に飛ばされた時宗丸の声で小十郎は我に返る。まさか——殴ったの、梵天丸様!?襖の向こうは暗く、そこに立つ少年の姿を見るのは困難だった。だが少年自らその足を進め——。
女子のようだった。
大きな青み掛かった黒い瞳、白く肌理細やかな肌、細い華奢な体。風に棚引く薄茶色の髪。薄い痘痕顔で、右目に包帯があることを除けば、絵の中の美少女がそのまま出てきたようで、少し浮世離れしていた。
細い腕を見るとこの子が時宗丸を殴り飛ばしたようには見えないが、重心をうまく移動させれば不可能ではない。
「煩い」
無気力そうにそれだけ呟くと、少年はまた部屋に戻った。
(あ、あれが…伊達家次期当主…!?)
拍子抜けした。完全に悪口だが、どう見ても頼りないあれが!?
「あ、あの…」
呆気にとられていると若松と言った少年が小十郎に話し掛けていた。
「は、はい?」
「なんか、すみません…驚きましたよね?僕らとしては何時もの事なんですけど…」
どうやら、跡継ぎを遊びに誘ってしつこいことで時宗丸が殴られる、というのは日常茶飯事のようだ。見れば、時宗丸は何事も無かったかの様に服の砂を払っていた。
「あのもやしっこさぁ、ぜんっぜん外に出ないんだぜ?」
時宗丸は縁側に上がり、ムスッとした顔で続ける。
「だから白いし細いし弱いし」
聞きながら気づく。目の前の部屋が梵天丸の部屋なら、ここで堂々と悪口を言ったら不味いのでは……と、考えたところで、勢いよく襖が開き、凄い早さでさっきの少年が時宗丸に鋭い拳を入れた。時宗丸は苦悶の声を挙げ、腹を抱えてその場にしゃがみこんだ。外で遊ばないわりに、随分凄いなと少し感心する。
「テメッ…何しやがる…!」
「要らんことを他人に言うなと何度言った?一度死なないと判らぬか?」
声は確かに子供の声だが、その声色には圧力が掛けられ、まだ十にも満たない子供が使うような言葉ではないような物さえ口から吐き出す。というか私は他人なのか。いや他人なんだけど。
逃げるわけにもいかず、とは言え割り込めず、そんな状況に耐えかねなかったのだが、そこではたと少年が小十郎に気付いた。
「…誰じゃ」
私に気づかずに、他人と言ったのか。苦笑いが込み上げたがそんな場面でもない。
「私は片倉小十郎、殿の小姓です」
少年はさして興味もなさそうに頷くと、どこへいくのかすたすたと歩いていった。それを時宗丸と若松が追いかけ、小十郎は一人突然の事に驚いていた。
- Re: 僕と家族と愛情と【参照3000記念スピンオフ】 ( No.370 )
- 日時: 2013/04/08 21:32
- 名前: ナル姫 (ID: 271PzwQK)
(あれが梵天丸様…凄い暗い子だったなぁ…)
考える度、仕事の手が止まる。あんな子を、どこかで見たことがある気がする。どこか、どこかで——……。
「片倉?」
「っ!て、輝宗様っ」
「どうかしたのか?」
悩んでいても仕方がない。思いきって聞いてみた。
「梵天丸様…若様って、いつもあんな感じなんですか…?」
輝宗の目が見開かれる。
「会ったのか…」
「若松って子と、時宗丸って子が襖を叩いてて…その時に」
「そうか…」
続いた言葉は、いつもあんな感じだ、だった。予想は出来ていたが、少し心が痛む。
「あの、若様の事、詳しく教えてくださいませんか!?」
小十郎が身を乗り出す。その瞳の奥に、何かを確信しているような色が宿っていた。これは——機会かもしれない。
「…良いだろう」
壮絶な幼少期。病を患い、右目を失い、母に嫌われ、人を嫌い——分かった。
(分かった…)
あの人は、若様は——。
(千寿丸が生まれた時の、私に似てるんだ)
___
小さな体に大きな竹刀を持ち、一生懸命鍛練する子供たち。その中に一人、縁側に座って休憩中の子供。
「若様」
「…昨日のか」
梵天丸は小十郎を一瞥すると、流行り興味無さげに目を反らした。
「やらないんですか?鍛練」
「…」
無言。だがその沈黙は意外にも直ぐ、全く問いに関係ない言葉で破られる。
「馴れ馴れしいな」
じろりと睨まれ、少し身がすくんだ。腕にたつ鳥肌を感じて、思う。
覇者だ、と。
(この人は…きっと凄い人になる。小大名の伊達に、大きな変化をもたらす人になる!)
「…何だその目は」
不快そうに言われ、苦笑を漏らす。実は小十郎には、こうして梵天丸の傍にいられる理由があった。
「若様」
「?」
「今日から私が、貴方の傅役です」
「…はぁ!?」
___
「父上!どういう事ですか!新しい傅役など聞いてません!」
彼の父親は笑いながら彼を宥める。小十郎は、本当に朗らかな人だなぁと思うだけだった。
「良いではないか。喜多の弟だぞ?」
「えっ…き、喜多の…?」
表情に幼さが戻る。声にも明らかに動揺が現れた。恐らく、喜多は梵天丸からそれなりの信頼を受けているのだろう。
「まぁ何日もすれば慣れる。それまでの辛抱じゃ」
梵天丸は頬を引きつらせながら、荒々しい足取りで輝宗の部屋を後にした。
___
「…若様」
部屋に閉じ籠った梵天丸に、優しく彼は話し掛ける。
「勝手に申し訳ございません…私が頼んだのです。貴方の傅役がしたいと」
「何でそんな事っ…」
「私に貴方が似てたから」
訪れた沈黙。
「私の過去を詳しく話す気はありませんが…貴方は私に似てる。だから、救いたいんです。貴方を闇から救いたい」
「止めろ!口だけの話をするな!!」
「まさか、本気ですよ」
「そんな言葉は聞き飽きた!!」
「!」
飽きたと来るとは思わなかった。思わぬ単語に、彼は狼狽する。それと同時に、体を熱くする何かが込み上げた。
優しい小十郎に、なおも梵天丸は牙を剥き出す。
「今までの傅役は皆そうやって甘い言葉を吐いて、吐くだけ吐いて、結局何もしなかった!!お前だってそうなんだろ!!結局は皆この右目を見たら——」
スパン、と心地の良い音と共に襖が開き、外の明かりが入ってきた。眩しさに梵天丸は目を細める。
今まで廊下で話を聞いていたが、もう我慢ならない。その卑屈な性格の原因が右目にあるのなら。
「梵天丸様」
「…っ…」
「貴方のその右目、抉らせていただきます」