複雑・ファジー小説

Re: 僕と家族と愛情と【参照3000記念スピンオフ】 ( No.373 )
日時: 2013/04/13 22:18
名前: ナル姫 (ID: sA8n45UA)  

「え…抉る…?」

キョトンと目をぱちくりさせる梵天丸に小十郎はずんずんと近付き、その細い腕を掴んだ。そして部屋から引き摺り出そうとする。

「え、な、ちょ、どこに行く気だ!離せ!」

必死の抵抗をする梵天丸だが、華奢な彼の力が十も年の離れた小十郎の力に敵う筈もなく、抵抗も虚しく引き摺られるまま連行された。
その場所は——……。

「え…い、医者の部屋…?」

伊達家専属の医師がいる部屋だった。抉る、と聞いたときにはどうせ冗談だろうと思っていたが、どうやら冗談ではないらしいと、九歳の子供にも分かる。
恐怖に心が呑まれ、冷や汗が垂れる。脳が警報を鳴らし、彼は逃げ出そうとするが——。

「逃がしませんよ」

小十郎に掴まられた腕が解けない。

「止めろッ!離せ!ぼ、僕は伊達家の跡取りだぞ!」
「右目を抉ると言っただけで怖がる人の何が跡取りですか」

挑発するような笑みで見れば、言葉に押され狼狽する梵天丸。おろおろと戸惑う彼に、小十郎は今度は優しく接する。

「今までの傅役に、目を抉ると言った人はいますか?」

梵天丸はフルフルと首を振った。それなら、と小十郎は続ける。

「私を信用してください。大丈夫です。絶対に失敗しません」

固く結ばれた口を恐る恐る開けば、消えそうな震える声で訊ねる。

「…必ずか」
「えぇ、必ず」

キュッと握られた拳を緩め、彼は懐から小さな刀を出す。恐らく、護身用だろう。

「なら、やれ…必ず約束するなら…信じる」

考え直せば、成長した梵天丸——政宗は、今でもどうしてあの時小十郎を信用したのか自分で分からない。多分、貴方は私に似ているという言葉が効いたのだろうと考える。
覚悟を決めた彼の瞳には怯えの色と混じって……確実に覇気があった。そして小十郎に冷や汗が流れる。

(嗚呼、まただ!この覇気、鳥肌が立つ!)

そして小十郎は医者の前に梵天丸を連れていき、底でその右目を抉った——……。


___



「…片倉」
「?はい?」
「その……似てるとは、どういう事だ?」
「え、あぁ…」

そういえばそんな話をしたな、くらいの意識だったが、梵天丸に言われて鮮明に思い出す。

「…大したことでは、ないんですよ?」
「嘘をつけ」

鋭い眼光は可愛らしい顔つきには面白いほど似合わない。

「何でもないなんて……そんな事はなかろうに」

口を尖らせて小十郎を睨む梵天丸の顔には、未だに右目から流れた血が涙の跡のようにこびりついていた。
折れる気のない梵天丸に苦笑、馴れ馴れしいとは分かっていながら頭を撫でた。少し目を見開いて梵天丸は小十郎見上げた。

「いつか…教えますよ、きっと」
「…そうか」


___



十年後——……。

「小十郎」
「はい?」
「あの話はまだしないのか?」
「…………?」
「…………」
「……あの話?」
「……お前の昔の話」
「あぁ、それですか……そういえばまだ話してませんでしたね」
「これを問うと貴様は必ず早いとか言って誤魔化す」
「まぁまぁ」

笑顔で誤魔化す従者をまた睨み、それでもなおその表情に変化が現れることはなかった。

預けられ、大切にされ、見捨てられ、拾われて、そして今、自分はここにいる。
この人の従者になれて、良かったと思っている。



→てなわけでスピンオフ終了!次回から本編に戻ります