複雑・ファジー小説
- Re: 僕と家族と愛情と【四章】 ( No.389 )
- 日時: 2013/06/01 16:01
- 名前: ナル姫 (ID: MK64GlZa)
蒼丸の鼓動が強く波打った。呑まれるな、つまり、母の愛を受け入れるなと上司は言っている。幼い少年には酷な事でも、この家の三男として、政宗の味方として従わなければならないことだった。
「——はい」
少々の間が置かれやがて声に出された言葉は少し震えていた。そして、彼に向かって呟かれる言葉も、震えていた。
「…ごめんな……蒼」
今は少しの我慢だ。いつか、政宗様と母上が分かり合えたとき——その時に、『母親』を感じればいい。そう言い聞かせた彼は、覚悟を決めて拳を握る。
「…でも成実様…一応教えてください。今回、誰が絡んでどんな陰謀が組まれていたんですか?」
「…」
成実は政宗に目で訴える。言うか伏せるか。政宗もまた、好きにしろと言うような仕草を見せた。はぁ、と溜息をついて蒼丸を見る。
「…あのな、蒼」
「は、はい」
「まず、今回のことを企んだのは二条家とお東様。そこは押さえておいてくれ。蒼は知らねぇと思うけど、二条家の家臣の過半数の奴等が最上家に媚びてるって話があるんだ。忍を使って調べたけど、それは事実」
「はぁ…」
だから何だと言うような瞳に、成実は続ける。
「蒼、梵に言ったらしいな。『何で二条と最上は直接婚約しないんだ』って」
「はい…」
「それは、梵が言ったと思うけど、伊達を嵌めるためだ。二条家と最上毛は、繋がって伊達を潰そうとしてる」
「だから何で、伊達と婚約するんですか?繋がりたいのは最上でしょう?」
「最上とは密かに繋がってるんだよ。蒼は婿養子、つまり、二条家の城に行くんだ。好機を見て二条家は伊達から離反して、お前を人質にとる気でいる」
「でも、だからって戦をしないとは…」
「恐くて出来ねぇよ。よく考えろ、蒼。お前が二条に行ったとき、一緒に二条に行くのは誰だ?」
直ぐに思い当たる人物がいた。だがそれは、今彼の義理の弟の補佐役だ。
「定行は…晴千代の…」
「喜多に任せてお前についていくだろうよ。定行は蒼が人質にとられたら、全力で伊達を潰す策を考えるだろう。定行が全力で来たら、恐くて戦できない…もししても、敗けるだろうな」
チラリと成実は政宗を一瞥する。
「梵も、勝算ないらしいし」
そして成実の目がスッと細められた。
「最上と伊達に顔が利いて、頭が切れる…尚且つ、伊達が嫌いな人と言ったら…お東様。そうなるんだよ。最上に媚びてる家臣がいるって噂は尚継ぐから聞いたけど、噂として出回ってんならお東様が知ってても可笑しくはないし、それを利用したと考えられる。あの人も黒脛巾を動かす権力はあるからな」
弱冠十三歳の少年にはまだ難しい話だ。それでも賢い彼は、頭の中で人物の相関図を完成させ、納得できていた。
「…さて、兎に角行くか」
「そう…ですね」
「…梵、どうする?」
目を伏せている政宗に成実が問い掛けた。出来るだけ平常心、平常心を保って。政宗の母親のことを考えると頭が狂いそうなほど憎たらしいが、従弟にあたる少年の手前、そんな真似はできない。
「…二人で、言ってきてくれ。…儂は二条の方…凉影と、か…動かしてくる…」
細かく不自然に途切れる言葉に、蒼丸は少し悲しくなる。政宗が蒼丸に弱味を見せることもあった。確かに、今政宗は弱い。だが、怯えだとか怖さだとかより——何より、辛そうな声だった。
「…分かった。頼んだぞ。行くぞ、蒼丸」
「っは、はい!」
成実から蒼丸と呼ばれたのは久し振りだった。成実にしても、『蒼』なんて軽く呼ぶほど余裕がないのだろう。カチカチに固まった体では、気の強いお東には勝てない、直感した蒼丸は、キュッと成実の手を握った。
「蒼丸…?」
「成実様!」
蒼丸は成実を見上げる。
「なんか…なんかよく分からないけど、きっと大丈夫です!」
根拠のない、それでも力強い笑みと瞳が政宗と成実の心境に変化を与えたのは事実で。
「…あぁ…ありがとう、『蒼』」