複雑・ファジー小説

Re: 僕と家族と愛情と【人気キャラ投票!】 ( No.401 )
日時: 2013/06/20 23:11
名前: ナル姫 (ID: 2eNHBjew)  

(ここが…お東様の…僕らの母上の部屋…)

足がすくんだ。カタカタと鳴り出しそうな程震え、どうしても収まらない。顔まで青くなっていた時、ポン、と背中を何かが叩いた。
見れば、成実の手が蒼丸の肩に乗せられていた。気を使ってくれている、と思ってその顔を見上げると、彼も蒼丸と同じくらい顔が青くなっているのがわかった。肩に置かれた手も、確りしていそうな足も、震えていた。

「行きましょう」

蒼丸が言えば、成実は無言で頷いた。

「——成実です。失礼致します」

普段敬語を使っている所を見た事がなく、珍しい光景だなぁなんて下らない事を考えていると、成実が中の返事を待たず襖を開ける音が聞こえた。


この瞬間、今まで生きてきた中で感じた事がないくらい、鼓動が強く波打った。


艶やかな黒い髪。白い肌。年齢はもう四十になると言うのに皺や染みは少なく肌目細やか。細長い切れ目。長い睫毛。そして何より——青み係った黒い瞳。
自分とよく似た容姿に、それが母であると認識するのに時間など不要だった。

「ほ」

一音でも分かる、艶かしい声。

「久しいのぅ、成実」

そして歪む口元。

(僕の……母上……)


『呑まれるな』


「まぁ座れ。苦しゅうない。時に…」

細い目は蒼丸に向けられた。ビクッと肩をすくませれば、母性の溢れる笑みで見られ、何も言えなくなる。

「そちは、蒼丸かぇ?」

名前を呼ばれ、更に体が強ばる。確かにその声は母の声であったにも関わらず、その中には明らかに圧力が込められていた。
そして思い出す。長男はこの声に怯え、酷いことを言われ、次男はこの声から愛情を今も貰っているのだと。
自分はこれからどうなるのだろうと。

「ちこうよれ」

手招きされ、覚束無い足取りで、無意識のうちに近付き——。

「蒼ッ!!」
「——!」

成実に現実に引き戻された。横を見れば、成実は険しい顔つきでお東を睨んでいた。彼女はそれに動揺もせず、クスリと笑う。

「あぁなんと言うことよ。成実は随分無慈悲となったのう。十年以上会うことのなかった親子の再会を邪魔するとは」
「無慈悲なのはどっちですか。あいつを散々嘲笑って、最後には突き放して!」
「し、成実様…」

熱くなり始めた成実に蒼丸が声を掛ける。成実はハッとして、一度咳払いをした。

「…今日はそんな事を話しに来たのではありません」
「ほう?」
「単刀直入に言います。お東様、最上や二条と繋がって伊達を潰そうとしてますね?」
「…おやまぁ」

眉毛は八の字に曲がっていたが、口元はそれでもどこか愉しそうだった。

「火の無い所に煙は立たぬぞ?何の根拠があるのやら」
「証拠なら沢山あるんですよ。推測の域ですけどね。二条家の噂…家臣の半分が最上に媚びている噂を貴女は利用した。裏で最上と手を組んで、伊達に婚姻の話を持ち出した。蒼を婿養子に出すために!」

成実が言い切ると、彼女は無表情となり軈て笑い始めた。
——狂ってる。
蒼丸の目に怯えの色が見え始めた。
この人は狂ってる。狂ってる。狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる。

「ああそうじゃ!中々やるのう成実や。随分成長したものよ。お和の教育のお陰かえ?」
「どうでも良いだろ…それよりアンタ、蒼丸は息子だろ!梵みたいに隻眼ではない、『普通の』子供だ!金田に養子に出されたときあんなに…泣いてまで反対したのに、嫁ぎ先の家を潰すためにその息子の命を差し出すのか!!」
「世は群雄割拠の時代よ、嫁ぎ先より生家じゃ。

…まぁ、あの片目が弟で、婿養子に出せればなお都合が良いが」

何も言えなかった蒼丸の中で、成実が怒り狂う前に何かが切れた。

「……テメェ」

蒼丸とは思えないほど低く、怒りを含んだ声が反響し、消えた。