複雑・ファジー小説
- Re: 僕と家族と愛情と【人気キャラ投票】 ( No.432 )
- 日時: 2013/08/02 15:12
- 名前: ナル姫 (ID: hH3N1CbI)
——深い……。
深い深い、湖の底に沈んでいるような感覚。
目を瞑って、波に揺られて。
この腕はいくら伸ばしても、何も掴めない。
目を開けても、閉じても、そこには真っ暗な闇が広がるだけ。
光なんて見えやしない。
もう一度目を閉じて。
ゆらゆらと波に身を任せているうちに、何故か、自分の体は浮上した。
ずっとずっと、底を漂っていた体が。
目を開くと、そこには、薄く太陽の光が舞い込んでいた。
——もう一度で良い。
もう一度、この腕を伸ばしてみれば——……。
何かが、掴めそうな気がするんだ。
___
「はい、蒼丸様」
「…………あの、定行?これは一体……?」
蒼丸の目の前に突如として現れたのは膨大な数の書類だった。
蒼丸は結婚後、米沢城下の小さな屋敷を与えられた。政宗の住む館に近く、何か困ったことがあればすぐに行ける場所にある。昨日荷物を纏めて居を移したのだが、二日目の朝からこれは酷い。
「これはですね、文です」
「…文?」
「はい。昇格祝いと結婚祝いの」
どうやら、伊達家と交流の深い大名家などから、祝いの文が届いていたらしく、その返事を書かなければならないと言うことらしい。
「…これは?白紙だけど」
「それは予算案の紙です。一年分の。家臣の給料、侍女の給料、食物、武器やその他の道具など、それぞれいくら使うのかというものですね」
「…何それ?それを僕が考えて書いて政宗様に出すの?」
「えぇまぁ、そう言うことに」
聞いた瞬間、蒼丸の首が凄い勢いで項垂れ、額が机にゴンッとぶつかった。
「…あんまりだ…っ」
その様子を見た定行が笑う。
「冗談ですよ」
「へ?」
「蒼丸様は、返事の内容だけ考えてくだされば結構です。今は財政の事は私がお引き受けします」
「本当!?」
「はい」
蒼丸の顔が生気を取り戻す。分かりやすい反応に定行はクスクスと笑った。
「じゃあ返事書くよ!紙と筆を頂戴!」
「内容だけで良いのですよ?書くのは私がやるので」
「…へ?」
「殆どの主は、家臣に書かせるものですよ?政宗様なんかは自分で書いちゃいますけど」
「あぁそうなんだ…政宗様はどうして?」
「さぁ…昔、一度訊いてみたら、真顔で心がこもらないからと仰ってましたが…その後真っ赤になって、らしくないとか言って恥ずかしがってましたね」
蒼丸は一番手前にあった文を手に取った。開き、読み始める。そして顔をあげて言った。
「僕も自分で書く!」
定行は、言うと思った、と言いたげな表情をしていた。
「はい。では紙と墨と…あぁ、筆ですね。持って参ります」
定行が立ち上がろうとした瞬間、勢い良く襖が開き浜継が入ってきた。
「蒼丸様っ!」
「どうしたの浜継」
「なんか…門前に人が倒れていると買い出しに出た侍女達が…」
「人が?分かった、行くよ。定行、筆とか用意しておいて」
「はい」
蒼丸は浜継についていき、定行は手紙を書く道具の準備を始めた。
___
門前では、兵士達が倒れている人を見ていた。ざわざわと興味深そうにしているが、パンパンと浜継が手を叩いて静まらせる。
「はいはい退いた退いた!蒼丸様が通るぞ!」
声を聞いた兵達が次々に跪き、蒼丸の道を開ける。蒼丸はその倒れている人の所まで走った。
「ちょっ…大丈夫!?」
そこに倒れていたのは、二人の男だった。二人とも俯せだが、髪の毛の色や体型は良く似ているため、兄弟だろう。
「ね、ねぇ、これ…大丈夫かな?生きてるかな?」
浜継が二人に近付き、少々背の高い方の首筋に指を当てた。次にもう片方の首筋に当てる。
「脈はあります。取敢えず、中に運んでおきましょうか」