複雑・ファジー小説

Re: 僕と家族と愛情と【五章】 ( No.469 )
日時: 2013/09/16 11:40
名前: ナル姫 (ID: j69UoPP8)  

(嘘…やろ…?)

青年の両手の震えは、体に伝染した。紙の両端は手汗で湿り、しわが出来ていた。

(え、え!?何これ!?自信満々に書き始めたわりには…儂のもんより穴あるやん!!)
「んー…嘗めんなって顔ですね」

苦笑しつつ定行が言う。心中が読まれた凉影は微妙な表情で定行を見詰める。だが何時までもにこにこと余裕の表情を浮かべる定行に、だんだんと怒りが積もる。

「何なん…?」
「……」
「——っ!何やねん!!この戦は伊達家にとって大切な戦なんやぞ!?なんにこんな穴だらけのふざけた策使える訳ないやろッ!!……第一…人数が違いすぎる…勝てる訳ないんや」

凉影の話を黙って聞いていた定行の表情は真顔。軈て、やれやれと言うように凉影の策に目を向ける。

「まぁ…『こちらから見れば』その策は穴だらけです」
「…?」
「では、敵の気持ちになってその策を見てください。どうです?」
「んなこと言われたって…」

渋々ながら、敵の気持ちになって凉影は策に目を通す。勿論紙面上の字や図が変わることはなかった。——だが。

(…佐竹側一万の想定。こっちから北上、川を渡って…その時南方からの鉄砲隊に続き騎馬隊、そしたらここに入り込める…あ、でも無理や。さっきの鉄砲隊に邪魔されるに決まっとる……あれ?)

穴が、消えた。
唖然とする表情を見て、定行は笑った。

「味方にしか見えない穴だってあるんですよ?」

そのままいくら目を通しても、凉影は定行の策から穴を見つけられなかった。そしてさらに感じる。相手はこの策だと確実に、握られるように潰されると。潰す、という表現はあまり好きではないが、この策では確実だった。

(…敵わへんなぁ…)

目の前にいる赤毛の策士は——木野定行は、本物の天才だ。話からすると、彼は十年策を立てていない。十年前、定行は十歳。つまり戦においての策を考えたことがないのだ。
——できるなら、負けたくなかった。

(でもちょっとなんか…気ぃ楽になったわ)


___



一方、本宮城——。

「さぁさぁ皆の者!早く武装するのですわ!」
「め、愛姫様!?なんと言う御格好をされて…!」
「あ、恋!城の女性達に武装するよう触れ回るのですわ!」

そこで武装していたのは、政宗の正室の愛だった。侍女の恋は、唖然として彼女を見る。その時、違う侍女もやって来る。

「愛姫様、一体何を…」
「あら納。貴女も来なさい、きっと活躍できますわよ?」
「な、何の話を…」

冷や汗をかきながら納は愛を見るが、言いたいことは分かっている。この人は戦に出るつもりだ、と。

「なりません!女性が…ましてや当主の正室の貴女が戦場に行くなど!」

恋が滅多に見せない剣幕で愛に詰め寄るが、愛は何でもないように恋を見つめ返す。

「あーら、そんな恋だって元々武士じゃない。あの勇姿、忘れてなくってよ?」

白魚のように白く透き通った長い指を、ちょんっと恋の鼻先に当てる。

「そ、それは…」

恋が口ごもる。騒がしさを感じて次に現れたのは光だった。彼女は苦笑いで愛を見つめる。

「あぁ愛様…またお出掛けになるのですね…」
「光ちゃんも来る?」
「ひ、光様…また、とは…?」
「あぁそうか、納と恋は戦の本拠地を任されるの、初めてでしたね」

光の言葉に二人は浅く頷いた。

「その、愛様はとても逞しいお方で…情勢が不利になると、女性のみを集めた鉄砲隊を引き連れて戦場に出るのです…」
「その名も三春鉄砲隊ですわ!」

威張ったように言うが、どこに威張る要素があったのか分からない。それにしてもこの人の頭はどうなっているのだと二人の侍女は心配になった。

「さぁ!つべこべ言わず人を集めてくださいませ!三春鉄砲隊出動ですわ!」