複雑・ファジー小説
- Re: 僕と家族と愛情と【五章】 ( No.470 )
- 日時: 2013/09/22 18:32
- 名前: ナル姫 (ID: DLaQsb6.)
その日は大した動きはなく、自軍の損傷も僅かで済んだ。ただその分敵の損傷も僅かであり、長く続けばこちらが不利なのは明らかだった。
「…本宮に戻るぞ。馬を引け」
「は!」
丁度、雨が降り始める。空には、分厚く黒い雲が立ち込めていた。
「定行は?」
「米沢の定期連絡を小浜に受け取りにいったまま戻りません」
「そうか」
事務的なやり取りはその場の空気を一層重くした。政宗の斜め後ろに控える小十郎が話し掛ける。
「政哉達は如何なさいます?本宮か、小浜か」
「本宮に集める」
「承知しました」
「じゃぁ俺は小浜だな、承知」
横から成実が口を挟む。周りの人間は政宗は何も言ってないのに、と思っていたが、政宗は大した反応を示さず、任せたと一言言っただけだった。
「睦草、和泉とその家臣は岩角。それ以外は本宮だ。散」
政宗が言うと、各々の隊は城のある方向へ馬を走らせ始めた。政宗達の隊も進み出す。
三月の下旬——奥州はまだ雪解けの時期だった。
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帰ったら嫁が武装しているという状況を体験できる武将がこの世に何人いるだろうか。少なくとも彼はこれで五回は体験済みだった。
「愛…お前はまた…」
「め、愛めも天下取りのお手伝いをしたいのです!」
「だからって…」
知ってる人は苦笑い、知らない人は唖然としてそのやり取りを見ていた。全国を探して、ここまで戦という面で逞しい正室がいるだろうか。その逞しすぎる妻の格好を見て、見た目が頼りない当主が深い溜め息を漏らすと同時に眉間を押さえたのは蛇足。
「兎に角お前は戦場には出なくていい。お前は姫だ」
「しかし…」
「従え。来られても迷惑だ」
それだけ言うと、政宗は踵を返して自室へ戻ろうとした。冷たくあしらわれた愛は、目尻に僅かに涙を浮かべて下を向いていた。
「政宗様!そんな言い方っ…」
「姉上っ」
同じ女性として思わず政宗に怒鳴った綾を弟の綾将が諌める。
「気が立っているのだろう、仕方もない」
二人の父親の綾兼が静かに口に出す。
「こんなに重い戦は…私も初めてだ」
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小浜城——。
「よ、定行、凉影。御苦労さん」
「あ、成実様」
「あれ、定行は?」
城に入った成実を迎えたのは凉影一人だった。問われた凉影はあちらに、と言って馬小屋の方を指差した。
「もう遅いのに何してんだ?馬小屋で」
「さぁ…何か、誰かと色々揉めてたんどすけど、儂を気ぃ使って外に出てくだはって…もうかれこれ四つ半刻戻らへんのです」
「へぇ…温厚な彼奴が誰と…」
成実が呟いた時、赤茶色の髪を揺らして定行が戻ってきた。二人は、あ、と声を揃える。
「成実様…戻っていたのですか」
「定行、誰かと揉めてたのか?」
「いえ、揉めたと言うほどの物では…」
定行は手に一枚の書状らしきものを持っていた。成実の問いに答えた時、少しだけそれが強く握られる。
「定行はん、何やそれ?」
「え、あぁ…」
定行は言いにくそうに、だがはっきりと言った。
「政道様から、政宗様へ——御手紙です」
成実の眉が動く。成実が定行に手を出すと、定行は彼に手紙を渡した。カサ、と手紙を開き、成実はそれを読み始める。
「一度本宮へ行ったらしいのですが、追い出されたと言われまして…受け取りを断りきれず…」
「…そう言うことか、揉めたって」
『拝啓、兄上。
御加減はいかがでしょうか?こちらは今雨が降っており、春だというのに底冷え致します。また、ついこの間まで皆が慌ただしく戦仕度をしていたため、急に城が静まり返って少し寂しいです。
こちらの勝手な都合により、戦場にて兄上のお側でそのお役に立てないことを大変残念に、また、申し訳無く思います。
人数からして、戦況は不利だと思われますが、よい報告を御待ちしております。
体調、怪我にもお気をつけて下さいませ。
御返事、頂けると嬉しいです。
敬具』