複雑・ファジー小説

Re: 僕と家族と愛情と【五章】 ( No.474 )
日時: 2013/09/28 19:47
名前: ナル姫 (ID: DLaQsb6.)  

十年前——。

『輝宗様、若君様。御無沙汰しております』
『おぉ福千代ふくちよか!大きくなったのう』
『私などまだまだ…若様も随分御成長なさっている様ですし』
『梵天に世辞など要らんぞ?』
『せ、世辞ではございませぬ!』
『ははは、悪い悪い。して今日はどうしたのじゃ?』
『弟の清千代キヨチヨが五つになりましたので、忙しい父の代わりに御挨拶に…』
『おぉ、清千代か!』
『ほら、挨拶しなさい清千代』
『はいっ!』


___



現在——。

「………よ……千代。清千代!」
「っ!うわあっ兄上!」
「起きろ、朝だぞ」
「は、はい!」

少年は急いで起き上がり寝巻きから普通の服に着替えた。兄の方は半ば呆れ顔で弟を見る。

「朝食、侍女に運ばせておくぞ」
「あ、はい…というか兄上…」
「ん?」

少年は帯を締め、少女のような顔を不満そうに歪ませた。

「いつになったら『佳孝』って呼んでくれるんで、ですか?」
「お前がちゃんと敬語を使えるようになったらな」
「……」

勝ち誇った笑みとともに発せられた言葉に、少年は堪らず顔を逸らした。その後ろから兄——竹葉福孝がクスクスと笑うのが聞こえる。

「さぁ、早く朝食を食べて鎧に着替えてこい。二刻したら戦場に行くぞ」


___



竹葉家は、決戦の地である人取り橋から少し離れた小さな丘の上に布陣していた。家紋である竹に一羽雀が刺繍された旗が風に揺れていた。

「成程な…福孝、お前は佳孝をつれて南に下がれ。儂と孝秋は東から回る」
「はい」
「兄上」

竹葉家当主の幸孝に弟の孝秋が話し掛けた。幸孝はジロリと睨むように彼を見た。もっとも幸孝の目付きは元々悪いので、睨んだというつもりはないのだろうが。

「どうした?」
「それは誰の策なんですか」
「誰のでも良いだろう」
「誰のでも良いですが、私たち二人東から回れば西から攻められますぞ。只でさえ攻めやすい位置にありますし…」

策略の話となり、佳孝の脳内はこれだけの会話で処理が遅れ始めた。しかも、分からないというのも恥ずかしいので分かっているような顔をしていたが、福孝にそんな嘘は通用しないらしく頭を小突かれる。

「…確かにな。だが信じざるを得んだろう。木野の策らしいしな」
「あぁ…」

まだ幼い佳孝には何にそんなに納得したのかよく分からなかったが、何かしらあったのだろう。木野、つまり定行は蒼丸の従者でありながら政宗が気に入っている策士だ。それほどに凄い策士なのだろうという程度の推測は頭の弱い彼にもできる。
そんなことを考えていると、成実の隊の方から法螺貝の音が聞こえた。

「戦闘開始だ。行くぞ!」
「ハッ!」
「清千代、確り付いてこい!」
「はい!」

陣を抜け、100人の雑兵を連れて兄弟は馬で駆け出した。丘から降りてすぐのところには畠山の別動隊が来ていたが人数は50人程度。

「行くぞ清千代!」
「ハッ!」

雑兵とともに二人は槍や刀を振る。二倍の兵力を持つ福孝と佳孝は四つ半刻程でそこを突破した。兵力は70人ほどになったが、二人は無傷だった。

「このまま南下して…あれは…」
「?兄上?」
「浜継殿の隊か…私達の西側に…成程、敵は竹葉を西から攻められないな」

不敵な笑みを浮かべ、また真剣な顔になり前を向く。緊張が走った。

「急ぐぞ!」
「はい!」

そしてさらに南へ下がり——橋の近くまで来たときだった。そこにも100人近くの小隊がおり、彼らを待ち受けている。旗は白河だ。

(小大名を足止めに使っているのか…)

人数で降りになるものの、大して強い兵はいない。手こずったがそこも突破した——その時だった。

「覚悟ぉぉぉぉぉぉッ!!」
「え——?」

佳孝の横から、槍を構えた兜頭が彼に突っ込んできた。直後、彼の体は馬と共に倒れた。