複雑・ファジー小説
- Re: 僕と家族と愛情と【五章】 ( No.475 )
- 日時: 2013/09/29 14:20
- 名前: ナル姫 (ID: 7foclzLM)
倒れていく中で彼が見たものは、飛び散る血飛沫、日の光を受ける槍の先端、そして——自分を守るように立ち塞がる、兄の姿だった。
「——え……?」
口から音が漏れた直後、彼の体は地面に落ち、先に落ちた右肩から衝撃が走った。鈍痛が体を駆け抜けるが、刃に刺されたような痛みは感じない。佳孝は直ぐに起き上がり、今の状況の確認を試みるが、混乱に陥った脳にそれは不可能だった。ただ一つ、分かったことと言えば——。
「兄、上…?」
胸部を刺された兄が槍を抜かれ、地面に崩れ落ちたという事実だった。
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「——」
「?梵天丸、どうした?」
「…成実、巽(たつみ:南東)の方角にいるのは?」
「えっと、竹葉じゃねぇか?」
「…行くぞ」
「えっ!?はぁ!?い、良いけど…小十郎!指揮頼む!おい待てよ梵!」
政宗は最大限馬を早く走らせた。成実も政宗の速さに付いていき、巽の方向へ急ぐ。
「そんな急いでどうしたんだよ!」
「直感じゃが…嫌な予感がする」
「直感って…何もなかったら……!?」
「っ!」
その時二人が遠方に見たのは、福孝を刺した兜頭とその下郎が、佳孝と福孝が率いていた兵達と戦っている様子だった。佳孝は福孝の体を出来るだけ移動させていた。
「成実!」
「おう!」
成実は手綱から手を離し弓と矢を取り出した。キリキリと矢を引き、放つ。矢は見事、招待の大将と見られる男の頭を貫いた。それを見た兵達はどよめき、矢の放たれた方向へ視線を向けた。佳孝も同じ様にし、政宗達の姿を視界に捉えると大きな目を見開き泣きそうな顔をした。
「成実、あの人数なら片付けられるな?」
「当然だな」
「なら任せる」
「了解」
成実は弓を仕舞うと槍を手に持ち、敵の小隊へ突っ込んでいった。政宗は佳孝の方へ行く。
「まっ…政宗、様ッ…!」
「来て良かった…佳孝、怪我はないか」
「俺、はっ…大丈夫、です、けどっ……あ、兄上、がぁっ…」
ぽろぽろと佳孝は涙を流し始める。政宗は一度成実に目をやり、その後目を瞑ったままの福孝を見た。
「福孝を運ぶ。雑兵は成実に任せて行くぞ」
「は、はいっ…」
二人は福孝の装備を出来るだけ軽くし、背負って運べる位になったら竹葉家の陣まで連れてきた。
陣に入ると、竹葉家の家臣達が福孝に駆け寄ってきた。
「若様!若様ッ!」
「あぁ…何ということだ…!」
「殿に…幸孝様に何と言えば…!」
「政宗、様…若様を運んで、頂き…真に…真に…ッ」
ありがとう、という言葉は、結局家臣の口からは聞けなかった。佳孝が俯く前で、竹葉家の家臣は無惨な福孝の死体を見て泣いていた。
少しして雑兵と成実が戻ってきた。
「佳孝、何があったのか聞かせろ」
「定行ど、のの指示通りに…兄上と南下して…最初に50の小隊を倒して、次に100の小隊を倒し、て…倒したと、思ったら、横から、俺に…兜頭、来て…そしたら、兄上が…俺の身代わりに、なって…」
すんなりと答える佳孝。政宗と成実は顔を見合わせ、二人に定行から渡された策を見た。
「…やることは合ってる」
「じゃな…あのお前が戦った小隊、白河だったか?」
「あぁ」
「…恐らくその前に佳孝と当たったのも白河だろう…読みが外れたな。綾の方に行くかと…」
小さく舌打ちをしたとき、馬の足音が聞こえた。幸孝と孝秋が知らせを聞いて戻ってきたのだろう。
幸孝は嫡男の無惨な様子を見て、息を飲んだ。顔からは血が引き、その場に膝から崩れる。
「福…孝…ッ」
涙を堪えている父親に、佳孝は土下座した。
「あ、もっ…申し訳ございません、父上!!」
「お、おい佳孝!お前は何も…」
幸孝は佳孝には目もくれない。
佳孝が政宗に仕えだしたのは、五年前の事だった。