複雑・ファジー小説
- Re: 僕と家族と愛情と【知恵を貸してください】 ( No.477 )
- 日時: 2013/10/01 18:39
- 名前: ナル姫 (ID: DLaQsb6.)
竹葉福孝は二十二年前、竹葉家の跡取りという立場でこの世に生を受けた。幼名は『福千代』。これからその身に幸福が訪れるように、竹葉家を安泰に導くようにと付けられた名前だった。
八年後、福千代を産んだ正室からもう一人の男児が生まれた。幼名は『清千代』。荒れた戦国の世に生まれても、その心が美しくあるようにと願いを込めて名付けられたその名は、兄である福千代が与えた物だった。
福千代は幼くして父である幸孝から英才教育を受け、溺愛されていた。自分に似た容姿、礼儀正しい性格、覚えの早い頭、俊敏に動く体。特別何かに秀でていると言うことはなかったが、跡取りに相応しい秀才ぶりだった。
比べて、次男はどうだろう。物覚えも悪く、敬語は覚えられない。取り柄と言えば、いつも健康的な身体と動きの早さと力強さ。それでも、八つ離れている兄に剣術は追い付かなかった。
当然の様に、家臣も家族も福千代ばかりを誉めた。大切な竹葉家の家督相続者。大切に大切に育てられた。
清千代が見てもらえなかった理由は、何も能力の問題ばかりではない。幸孝と正室の間には福千代と清千代の二人の子供がいたが、夫婦仲が極端に悪かったのだ。母親似の清千代が父親に見てもらえなかったのは、それも原因の一つだった。
そんな清千代を可愛がってくれたのは、彼を産んだ母親と優しい兄だった。愛らしい顔の弟を二人は可愛がったが、父親はそれがどうも気に食わなかった。何故自分は長男をこれほどまでに愛しているのに、その長男は自分ではなく次男や妻の味方をするのかと言う嫉妬で。
元々小さな武家だった竹葉家は生活もあまり楽ではなかった。幸孝は正室が四十と言う若さで病に侵され死亡すると、まだ十歳だった清千代を伊達家に小姓として雇うように願った。当時の当主だった輝宗はこれを承諾。そして、武士としての見込みがあると思った彼は、清千代を政宗に『部下』として与えたのだった。
幼い頃一度政宗に会った限りで、清千代は政宗の事をよく知らなかったが、初めて部下として謁見した自分を、政宗が見下すように見ていたのは今でもよく覚えている。
「竹葉家次男、清千代ともう、します!宜しくお願いし、致します!」
「…ふん」
緊張を振り払い挨拶するも、政宗は彼にまるで興味を示さなかった。
「お前のような餓鬼に何か仕事が出来るとも思えん。精々じっとしていることだな」
「…っ…」
「うわぁひでぇな梵天丸」
「何ならお前が持っていくか、成実」
「せ、精一杯、お仕えしますの、で…」
強気に笑って見せるが、彼は政宗に対する恐怖心を抱いた。そして、心の中では——
早く兄が家督を継いで、自分を竹葉の屋敷に戻してくれないかと、切に願っていた。
なんて願ったところで、現実がそう簡単に行く筈もないのだ。年の差があるとはいえ、自分より後から支え出した家臣は政宗にどんどん登用されているのに、彼はいっこうに大人しく座るだけだった。迎えが来ないかと、縁側に座りながら。
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「いつまでそうしているつもりだ?」
ある夜、いつも通り縁側に座っていたときに降り掛かった冷たい声。振り返ると、長い茶髪の主。
「…家臣として、役に立てるようになるまで…」
「そこに踞っていた所で何も変わらんと思うがな、清千代」
鋭く、それでいて冷たい悲しげな色を纏う瞳が彼を見据える。清千代は口を結んで顔を反らした。
「待った所で迎えは来ぬぞ。そんなことも分からない程子供でもあるまい」
「……」
「蝉の脱け殻のように無口で動かない輩など、誰にも必要とされない。竹葉に戻った所でお前は邪魔者だろうな」
「っ…そんなことっ!」
「ある。絶対だ。ただ飯を食うだけの働けない男が何の役に立つ?」
政宗はしゃがみ、隻眼で彼を見詰めた。そして、言う。
「脱け殻になりたくなければ、証明しろ」