複雑・ファジー小説
- Re: 僕と家族と愛情と【知恵を貸してください】 ( No.482 )
- 日時: 2013/10/04 22:08
- 名前: ナル姫 (ID: zi/NirI0)
「証、明…?」
「叫んでみろ、自分が誰なのか。脱け殻でないなら、叫ぶことくらい出来るだろう」
政宗はキッと隻眼で清千代を睨み付けた。
(俺は…伊達政宗の家臣、竹葉幸孝の次男…)
それを言えば良いだけの話だ。難しいことなんて何もない。
少年は口を開く。音を出そうとする。声を出そうとする——だが。
「——あ……」
口から漏れたのは本当にただの音、意味のない嗚咽だった。
自分でも予測できなかった事態に目を見開く。自分を下らないものを見るように冷たい瞳で見ている主は、大して驚きもしなかったらしく、小さく溜め息をついただけだった。
「言えもしないではないか」
「…ち、ちが…」
「何が違う?」
言われた言の葉が氷の刃の様に心に冷たく突き刺さり、体を震えさせていく。
「所詮貴様はその程度。父上に言って辞めたらどうだ?」
政宗は結局最後まで作り笑いすら見せず、清千代に背を向けた。
___
二年後——。
竹刀が激しい音を立ててぶつかり合う。地面に足をしっかり付けて出来るだけ後ろに下がらないように、と努力するも、相手は年が四つ離れた上司。ずり、と足が後ろに下がった時、相手のつり目が勝利を確信して光る。焦げ茶色の髪を持つ少年は、体を捻ると下から竹刀を振り上げ、相手の竹刀を弾いた。パンッと弾けるような音と共に、フワッと風が顔を撫でる。竹刀は遠くに飛ばされていた。
「っはぁ、また負けたぁ」
「まだまだだなぁ、清千代」
「成実様は流石ですね…」
「ははは、そりゃどうも」
成実は乱れた服を正そうと帯を締め直した。と、その時。
「成実」
「お、梵天丸。どうした?」
障子を開けて政宗が二人がいる庭に顔を出した。
「もう鍛練終わっただろう?ちょっと来い」
「はぁ?何で」
「儂一人じゃ定行にとても敵わん」
「って事はまた将棋かよ?俺が行っても無駄だと思うぞ?」
そんな事を言いつつも成実は竹刀を地面に投げ捨て、草履を脱ぎ縁側に上がった。政宗は良いから来いと言って成実の袖を引っ張った。一瞬清千代は、成実と自分を引き離したいのだろうか、と思ったが、直後聞こえた成実のお前自陣壊滅してるじゃねぇか!という声で、本当に将棋の話であると悟った。
清千代は、ふうと一度息を吐き、成実が投げ捨てた竹刀と自分の竹刀を片付け始めた。
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「失礼します、清千代様、文です」
「あ、は、はい!」
数日後、恋が清千代に文を持ってきた。何でも、竹葉家の家臣が持ってきたらしい。兄からの文であると見てまず間違いないだろう。
ガサ、と音を立てて開く。内容は、元気にやっているかと言うこと、現在の竹葉家の様子など、面白味のない文面。だが、最後の一文は、少年の一生を変えることになった。この一文がなければ、少年は今でも脱け殻のままだったかもしれない……それほど大きな一文だった。
『政宗様は冷たいらしいから、まだ慣れないことも辛いこともあると思うが、俺達が兄弟だと言うことだけは忘れるなよ』
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「政宗様ッ!」
勢いよく襖が開く。入室許可も得ずに主の部屋に入ったが、今の清千代に入室許可などどうでも良かった。それより、言わなければいけないことがあるのだから。
「…何じゃ」
清千代はすぅっと空気を吸うと、大きな声で言った。
「俺は!竹葉幸孝が次男、伊達政宗の家臣、竹葉清千代です!」
突然の事に唖然とする政宗に、ニッと清千代は笑って見せた。ここに来てから二年、初めて見せた本当の笑顔だった。
「俺は、貴方の家臣です。力仕事なら何でもし、します!鍛練にも励みま、す!頭を使うのは少し苦手だけど…でも学問も頑張ります!だから!俺を!竹葉清千代を使ってく、下さい!!」
頭を下げる清千代に、政宗はやっと小さく笑みを溢した。