複雑・ファジー小説
- Re: 僕と家族と愛情と【知恵を貸してください】 ( No.485 )
- 日時: 2013/10/12 21:03
- 名前: ナル姫 (ID: 7foclzLM)
政哉は、佳孝と別れた後自室に戻る廊下を歩いていた。
『…俺は次男で、出来も悪くて…しかも俺、母親似なんだけど、父と母は仲が悪くて…母はもう五年前に死んでて、さ。…認めてくれるのは、家族では兄上しかいなくて』
(これからの事を考えて…泣いてたのかな)
想像の域を出ないが、これからの佳孝の生活は過酷なものになるだろうと考える。跡継ぎとしての礼儀指導、剣術指南、策略の学識……全て覚えなければいけないのだ。彼なら、そんなものに耐えられない。
気が付けば、彼の両目からは涙が溢れていた。
(何で…僕じゃない。辛いのは僕じゃないのに…どうして、涙が…)
「…ひっく…う、うぇっ」
「…蒼?」
聞こえた声に驚き振り返れば、つり目の焦茶髪が自分を見詰めていた。泣いている彼を見て、目を見開く。
「どうしたんだよ…?」
「成実、様ぁ…」
政哉は涙を流しながら話し始めた。
___
「……ま。……宗様。政宗様」
「…ん…?」
うっすらと隻眼を開けば、見えたのは侍女の顔。
「…恋…どうした…?」
「どうしたではないでしょう!湯編みもしない、寝間着でもない、夕食だって摂っていないではないですか!」
寝惚けた頭の中で、そう言えばそうだったと思う。そうと気付けば急激に腹が減り、腹の虫が鳴き出した。
「夕食と着替えは用意しておきますので、湯編みをして来て下さい」
「ん…分かった」
起き上がって一度伸びをした後政宗は立ち上がる。風呂場に向かった政宗を見送った後、恋は着替えの用意を始めた。
___
「…あ」
「あ」
脱衣所にいたのは、喧嘩したまま口を利いていなかった愛だった。
「…」
「…」
重苦しい空気が漂う。目を合わせられず、とは言えそのまま知らんぷりをするのも阻まれた。だがそんな心境を抱いているのは政宗の方だけなのか、愛は湯編みをするために何事もないように服を脱ぎ始めている。いくら夫婦とは言え、とは思うが、それを口に出すのは出来なかった。
「っ…め、愛」
ピタリと愛の動きが止まる。背を向けたまま、何ですかと乾いた声で返す。
「え、あ…その…」
爆発しそうなほど政宗の心臓は高鳴っていた。
「わ、悪かった…」
言った瞬間、政宗の顔面が湯で上がる。愛はちらりと政宗を一瞥すると、いきなり彼に抱きついた。
「っ…!」
「もう…嫌われちゃったと思いましたよ?愛不安になっちゃいました」
「愛…」
「もう離しちゃ嫌ですよ?」
一層彼を強く抱き締める彼女を、彼は強く抱き締め返した。
___
「…成程な。確かに、佳孝には辛いことだよ」
成実はいまだ目尻を拭う少年を見やった。
「…で、お前はそれ考えて泣いちゃったわけ?」
「…はい」
「ま、仕方ねぇかもな」
言いながら成実は政哉の頭をやんわりと撫でた。
「…でもな、蒼」
言いたくはねぇけど、と付け足して成実は政哉の頭から手を離した。
「佳孝に対して、何も出来ねぇのも事実なんだよな」
「…」
「佳孝は、竹葉の屋敷にいれば幸孝に邪魔だとか思われながら生活してただろう。でも、梵天丸が彼奴を拾って、佳孝は伊達家で長い間過ごした。どういうことか分かるか?」
「…」
聡明な政哉のことだ。黙り込んでいたが、成実には彼が意味を理解しているのが分かった。酷い答えだ、とは彼も知ってはいたが。
「…現実逃避みたいなもんだよ。夢を見てたんだ、彼奴は。いつかは竹葉に戻らなくちゃいけなくなるのかもしれないと分かっておきながら、梵は夢見せてたんだよ」
「…でも」
「あぁ、梵は悪くない。勿論佳孝も…誰も悪くないから、誰も何も出来ねぇんだ」
諦めたように笑う成実。政哉は目を伏せて、ただ黙り込んでいた。