複雑・ファジー小説

Re: 僕と家族と愛情と【知恵を貸してください】 ( No.487 )
日時: 2013/10/17 21:59
名前: ナル姫 (ID: CN./FYLZ)  

空が晴れてきた。月明かりが徐々に増えていく。分厚そうな雲は西へ西へと流れていく。

「…」

『佳孝。お前はまた…何とかしろその敬語』
『喧嘩をするな、佳孝も蓮も!』
『そんなんだから犬犬言われるんだろう、お前は』

(政宗様…)

『どりゃっ!はは、まだまだだなぁ、佳孝。でも、大分動きは良くなったぞ!』

(成実様…)

思い出せば思い出すほど涙が溢れてきた。一人の人間が死ぬことで、自分の人生がここまで狂うなんて想像もしていなかった。

「うっ…え…うわーんっ…う、あ…ひっく…」

嫌だ。戻りたくない。母も兄もいないあの城に自分の居場所はない。米沢にいたい。政宗に仕えたい。だが……。

(じゃぁ…誰が家を継ぐんだよ…!?)

自分しかいないことくらい、分かりきってきた。

「よ、佳孝…」
「ま、さむね、様…!?」

佳孝はハッとして涙を拭いた。まさか自室にまで政宗が来るとは思わなかったのだろう。政宗はさほど佳孝が泣いていることに驚かなかったが、僅かに目を見開いていた。

「…あの時、お前は気絶していた」
「…え…」
「疲れていたんだろう、恐らく。補助としての軍を竹葉に連れてきた儂と成実は途中で殺されかけていたお前を見付けて助け出した」
「…」

政宗は縁側に座っている佳孝の横に腰かけた。ふと見た政宗の隻眼は軽く伏せられていた。長い逆さ睫毛とくっきりとした二重を見て、人の事を言えたものではないが、女性のようだと思った。

「五年前、お前にさせようとした事、覚えてるか」
「は、はい…証明…ですよね」
「…儂には、お前と昔の儂が重なって見えた。虚勢を張って、強がって、でも、直ぐに消え去りそうな…幸いか、儂には成実や小十郎、定行もいたから自分の存在を肯定できた。それで、お前を見て、思った」

——今度は、自分が他人の存在を認め、受け止めてやる番だ。

「…柄にもないな」

政宗の苦笑に、佳孝も少し口許を緩ませた。

「…どうする?」
「え…」
「ここにいるか?儂のもとにいるか?」
「…残酷ですよ」

佳孝は顔を背けた。珍しくつっかえずに言えた敬語がこんな言葉だとは、自分にはほとほと呆れる。

「尚継は、家督を継ぐ身だが儂の側にいるぞ」
「竹葉は竹葉で、すから…父上が、許すはずが…」
「…それもそうか」

政宗の視線は月に向けられた。佳孝もそれに倣い、月を見上げ、呟く。

「…兄上がいればなぁ…」
「…お前には優しくしてやりたいが、そうもいかぬな」
「え?」

政宗の言葉に驚き、政宗を見ると、彼は縁側に足を乗せ、ずいっと佳孝に迫った。そして、胸ぐらを掴み上げる。

「いつまで夢に甘えるつもりだ?」
「え…」
「福孝はもういない。お前の家督を継ぐ継がないはどうでもいいが、いつまでも甘えているのは頂けんな」

冷たい視線についカッとなった彼は、敬語を使うのも忘れて叫んだ。

「毎晩出てくるんだ!兄上が…朝起きたらいつも通りの笑顔で、言葉で、話し掛けてきて…あれは悪い夢だったんだって!…でも、目を開ければ、そこには兄上はいないんだ…」

泣きじゃくる佳孝を暫し見つめ、政宗は言った。

「福孝はいない。だが、いつまでも後ろを向くわけにもいかないだろう」

力強い口調に、心臓が高鳴る。

「そろそろ前を向け。お前は侍だ」

そして、五年前と同じ言葉を投げられる。

「証明しろ!お前は誰だ!」

刹那、稲妻が身体中を駆け巡ったような衝動に襲われ、少年は立ち上がった。ここにいたくない。違う。違う言い方で。

「俺は!伊達当主藤次郎政宗が家臣!竹葉清次郎佳孝です!!」

政宗様の下にいたいんだ。

「よく言った」

見れば、どことなく満足気な主。

「ならお前は儂が引き抜いた。家督はまだ先の事にしておこう」

政宗が柔らかい笑みで少年を見る。少年は涙でヒリヒリと痛む頬を緩ませて、大きな声で返事をした。