複雑・ファジー小説

Re: 僕と家族と愛情と【知恵を貸してください】 ( No.490 )
日時: 2013/10/20 18:15
名前: ナル姫 (ID: 9IMgnv4t)  

数日後、朝起きた政哉の視界に、見慣れないものが映った。何かが入っている袋だったが、中身は分からない。緩く結ばれている紐を解き中を見た瞬間、彼の顔は輝いた。政宗に頼んだ短刀がそこに入っていたのだから。
今日は二十六日。何とか間に合った。彼は急いで着替え、定行のいるところまで走った。


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「定行!ってあれ…」

いつも定行が策を立てている書斎に来てみたが、そこにいたのは銀髪の策士だけだった。

「どないしたん、政哉はん」
「凉影殿、定行知りません?」
「定行はんなら庭で剣振ってまっせ」
「剣?珍しい…」
「なんや知らへんけど、この間から様子変でなぁ…丁度、福孝はんが死んだ辺りから…」

政哉は不思議そうな顔で襖を見詰めた。確かに耳を済ませば、襖の向こうの庭で、刀が風を切る音が聞こえる。

「して、何しに来たん?何か伝言とかなら伝えとくで?」
「あ、これを渡しに来たんです。今日、定行の誕生日なので」
「へぇ!そない、自分で渡さなあかんな!」

パッと凉影の表情が明るくなった。だが政哉の表情はやはり不安そうなままで、凉影は彼を安心させようと笑う。

「大丈夫や。政哉はんは定行はんの大切な主やで?修行を遮られたところで怒らへんて。な?」

言葉を聞いた政哉は薄く笑い、頷いた。庭側の襖を開け、外を覗く。
定行は見馴れない修行着でそこにいた。やはりどこか話し掛けづらい雰囲気で、声を出すのを躊躇う。が、沈黙は定行に破られた。

「…どうしました?」

背を向けられたまま声を掛けられ、政哉は一瞬肩をすくめた。だが振り返った定行の表情はいつも通り穏やかで、政哉は胸を撫で下ろした。
短刀の入った袋を背中に隠し、笑顔で彼に近付く。定行の目の前に来て、背中に隠した袋を出した。定行に手渡す。誕生日を忘れているのか、呆ける定行。政哉は彼を見上げて言う。

「誕生日おめでとう、定行」

気付いたのか、あ、と言うような顔を彼はした。そして嬉しそうな顔を見せる。

「…ありがとうございます、政哉様。開けて宜しいですか?」
「うん」
「では、有り難く」

定行が袋を開ける。綺麗な刃、、艶やかな鞘、漆黒の鍔、そして、赤と青の糸が織り成す——少々色の相性は悪いが——鮮やかな柄。

「えっと…政宗様が鍛冶屋に頼んでくれたんだ、僕の話を聞いて。色の相性が相変わらず分かってないって言われたけど…」

話を聞き、クスリと笑う。定行は大切そうに短刀を握りしめた。

「ありがとうございます。大切にさせて頂きますね」

そんな二人のやり取りを聞きながら、凉影は穏やかに笑っていた。平和な雰囲気を味わい、戦が早く終わることを願う。消えた家族のことも、思い出して——。


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八年前、堺——。

「…母様かかさま父様ととさま、ほんまに死んでしまったんどすか…?」
「…せや。今日から、和泉背負うんはアンタやで、風丸。父様にも言われたやろ?」

銀色の髪が揺れる。まだ十歳の少年は項垂れたまま頷かずに首を横に振った。彼の母親は泣きそうな瞳で少年を宥めた。
この日、堺和泉家当主、和泉政影が命を落とした。長い間不治の病と戦い、苦しみ続けた末に。主である織田信長の下で名を上げたが、彼の天下統一を見ることは叶わず、志半ばで死んでいった。一人息子である風丸カザマル——後に、凉影と名乗り、伊達政宗の家臣となる少年に、家族を守るように言って。

「…嘘や」
「風丸…」
「だって…だって父様、まだ三十五やったのに…儂だって、まだ十なんに…何でなん?」

溢れる涙を拭った母親。少年を抱き締めた腕の中は暖かい。
こうして、父を早く亡くした少年は、有能な家臣や母親に支えられ、和泉家を継いだのだった。

この五年後、家族も家臣も失うことも知らずに。