複雑・ファジー小説

Re: 僕と家族と愛情と【知恵を貸してください】 ( No.493 )
日時: 2013/10/24 16:54
名前: ナル姫 (ID: a5oq/OYB)  

「……様?凉影様?」
「え、あ…」

ふと気が付くと定行が顔を除き込んでいた。赤と黒が混ざったような瞳が心配そうな表情を見せていた。
見れば定行は、先程政哉から貰った短刀を再び袋に入れ、大切そうに抱えていた。
政哉の姿はない。考え込んでいるうちに戦場へ行ってしまったのだろう。

「あぁ、いや…何でもあらへんよ」
「そう、ですか…でも、疲れていらっしゃるのでしたら少し休まれた方が宜しいですよ。無理して体を壊されたら大変ですし…」
「そらそうやけど…それ言うたら定行はんやって休んどらんやろ」

苦笑して彼を見れば、それもそうですが、と返ってきた。目にはいつものような穏やかさが戻り、口元は少し微笑んでいる。

「けれど…幼い主が今、戦場で刃を振っているんです。私が休むわけにもいかないでしょう?」

へらりと定行は笑って見せる。凉影はまた苦笑し、心中でそれもそうか、っ呟いた。

「…なんか、昔を思い出すなぁ…」
「昔?」
「…儂が、政宗様に仕え始めた頃や」

定行に振り向き、どこか挑戦的な笑みを浮かべる。定行はキョトンとした顔で凉影の言葉を待った。

「今は分からへんけど……定行はん、儂の事嫌いやったろ?」

狐のような瞳から放たれる眼光にも動じず、ますます上がる口角にも反応しない。何を考えているのか読み取れない瞳を、凉影は確信のある目で見詰めていた。定行は薄く笑い、人差し指を唇の前で立てて。

「内緒です」


___



四年前——。

「どういう事や!」

使者の前で、凉影となった少年は叫んだ。隣では彼の母親が顔を青くして絶句している。使者は涙を流しながら事実を述べていた。

「嘘や!明智様が信長様を裏切るわけないやろ!」
「嘘ではございませぬ!森蘭丸(モリ ランマル:信長の小姓)様やその他の家臣、濃(ノウ:信長の正室、斎藤道三の娘)姫様も戦っていらっしゃいましたが…本能寺は焼け落ち、信長様はっ……!」
「そんな…」

1582年6月2日、第六天魔王と恐れられた織田信長が、本能寺にて死去した。明智光秀が本能寺に火を放ち、信長は自害。だが死体は彼の見付からなかった。明智光秀はその後、知らせを聞き付けた羽柴秀吉と山崎にて対峙。大敗し、敗走中に落武者狩りに遭死亡。だが彼のものと思われる首は三つもあり、秀吉もどれが本物か区別がつかなかったそうだ。
その後、秀吉は信長の後継者の地位を獲得すべく、有力家臣を潰しにかかった。その有力家臣の中で、最初に目を付けられたのが——。

「はぁぁ!?何の言いがかりや!!和泉家が謀反!?ありえへん!」
「しかし和泉殿。貴殿は秀吉様に怒りがあるのでは?」
「い、怒りって、そんなんないわ!何があったっちゅーねん!」
「御父上の事です。貴殿の御父上は、出世を我が主に邪魔されました」
「そんなこと思っとらん!実力が秀吉様に及ばへんかっただけの話、逆恨みなんかせぇへん!」
「本当でしょうか?」
「っ…!黒田(黒田勘兵衛[クロダ カンベエ]:秀吉の家臣、策士)はん、いい加減にせぇや…!」
「では、これは何でしょう?」

彼が取り出しのは、一枚の書状のようだった。凉影はそれを受け取り、開く。

「——!?」

それは秀吉の家臣に宛てられた書状だった。妥当秀吉を唆す内容が書かれており、文の最後にはいつも凉影が書いている花押があった。

「なっ……」

両手が震える。こんなものを出した覚えはない。命じた覚えもない。家臣の誰かが秀吉に寝返ったとしたか考えられなかった。当たり前と言えば当たり前だ。秀吉が明智光秀を倒した時点で、この先どの家臣よりも秀吉の権力が強くなるのは想像に固くない。

「こんなの…知らん…!」
「言い逃れは出来ませんぞ、和泉殿」

黒田が言うと同時に、彼の家臣達が立ち上がる。

「和泉とその家臣の一族全てを、流罪と処す」