複雑・ファジー小説

Re: 僕と家族と愛情と【感謝参照6000!】 ( No.506 )
日時: 2013/11/02 19:38
名前: ナル姫 (ID: j69UoPP8)  

あっという間に饅頭二つを平らげた少年はまず自己紹介をし、ここに来た経緯を二人に話した。

「そ、それで…」
「奥州まで逃げてきたのか…?」

コクリ、と頷くと、二人は銀髪の少年の根性と体力に脱帽したような顔をした。

「凄い…」
「凄いな、お前…」

二人の言葉に苦笑し、何かが思い付いたように彼は言う。

「せや、お名前、聞いとらんかったな。お二人さん、服装からして山賊には見えへん、それどころか御武家様にすら見える…何て名前なん?」
「あぁ、正真正銘の武家だ。俺は伊達成実。こっちは梵天丸。俺の従弟だ」

そして、成実の想定していた事態が起こる。いや、正確にはそうなるように成実は政宗をわざわざ幼名で紹介したのだ。まぁ、この容姿で幼名で紹介されれば誰でも勘違いはするのだろうが……。

「あぁ、まだ元服なさってないんやね」

にこやかに発せられた言葉は、少年の拳を作った。固く握られた拳は成実の脳天に振り落とされ、凉影はそれをキョトンとして見ていた。

「貴様…今、わざと幼名で言っただろう…」
「あはは…御名答」
「えっと…?え、もう元服してるん?」
「『もう』とは何だ!儂は十六だぞ!」
「え…えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?嘘や年上!?こんなちっこくて偉い細いのに!?え!?」
「よく聞け無礼者が!儂は貴様の遠い親戚が仕える伊達家第十六代当主輝宗が嫡子、藤次郎政宗だ!」

大きな月を背景にした自己紹介。その時凉影は主となる少年に見たのだ。

大きな竜を。


___



凉影は輝宗と面会、そして和泉家に世話になることになった。勿論、母の言う通り必ず伊達に仕える必要もなかったのだが、彼はあの小さな跡取りに自分の夢を賭けてみたくなったのだ。天下を取り、家族を隠岐から取り戻す夢を。

だが、夢見る少年に叩きつけられたのは辛い現実だった。

母から受け継いだ銀色の髪。和泉本家とは違う細い身体に長い手足。少年は、本家にとって『異物』だったのだ。
向けられる好奇の目、囁かれる嘲り……彼を取り巻く環境は、茨のように彼に小さな切り傷をつけていく——。


___



「政宗様!定行さんがいらっしゃいましたよ!」
「尚継…何の用だ彼奴は」
「何でも、借りた本を返したいとかで」
「あぁ、伊勢物語か。随分早いな」

政宗が縁側にいた定行に顔を出すと、定行は持っていた何冊かの本を政宗に手渡した。

「もう読んだのか?」
「えぇ。やはり面白いものは早く読んでしまいまして」

苦笑する定行に政宗も苦笑で返す。そして、急に笑みを消して小さな声で話し掛けた。

「…で、本題は?」

定行も笑みを消し、懐から一枚の紙を取り出した。

「…調べたのですが、やはり中々不穏ですね。波影様は何事もなさそうな顔をしていますが」
「まぁ、自分達が凉影を仲間はずれにしている意識はないのだろう。だが家臣達にしてみれば和泉家にあの髪色は珍しいからな。凉影自身溶け込みづらいだろうし、そうなると自然と壁を作る。すると益々回りが近付きにくい…悪循環だな」

定行は数回頷き、急に可笑しそうに口元を緩めた。

「?どうかしたか?」
「いえ…ただ、政宗様はお優しいですね」
「は?」
「和泉毛は中級武士。そんなに気にする事象でもないでしょうに」

黙る政宗ににっこりと笑みを浮かべ、定行は続ける。

「あまり抱え込みすぎてしまわれないよう、梵天丸」
「いずれ背負うがための練習くらいしなくてどうする、若松」

過去の呼び名に過去の呼び名で返し、二人は別れた。茶ぐらい飲めばいいのに、と言ったが、予定があるらしい。

「和泉、凉影…」

すっかり秋めいてきた高い空。
政宗は虚空にその名を呟き、どこかへと歩き出した。