複雑・ファジー小説
- Re: 僕と家族と愛情と【感謝参照6000!】 ( No.513 )
- 日時: 2013/11/23 19:00
- 名前: ナル姫 (ID: zi/NirI0)
戦乱の世に生きる女は。戦の動乱に巻き込まれ、身を良いように使われ、いずれその一生を寂しく閉じる。戦場でその命を終わらすことはできず、表舞台には出てこない。裏で必死になって夫を支え、挙げ句歴史に埋もれていく……。
「そんなの嫌」
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「弟君がお生まれになりました」
そう彼女に伝えたのは誰だっただろう。嬉しそうな表情を浮かべ、早口でそう言った。彼女の返事は淡々としたもので、そう、とだけ返した。たった四歳の女児とは思えない、感情の隠らない声で。
「そう言うことだ、綾。お前には悪いことをしたな。後は…輿入れ先が決まるのを、待っていてくれ」
父の言葉をあっさりと受け入れた彼女だったが、鍛練を欠かすことはなかった。彼女はそう、『武士』になりたかったのだ。
だが彼女を願いから引き剥がすように、聞こえてくるのは嫁ぎ先の希望。
「木野の若君様はどうだろう?」
「若松様か!そりゃぁ良い!木野様にお近づきになれば我等最奥は安寧じゃ!」
「いや、我等は古くより伊達に仕える家。分家の時宗丸様も夢ではないぞ」
「ならいっそ本家はどうだ?」
「となると、梵天丸様か竺丸様だが」
「家督はどうなるであろうなぁ」
「まぁそんなに焦ることでもあるまいよ。綾姫様はまだ四つじゃ」
楽しそうな声が語るのは大人の権力を目指した夢物語。
(大人なんて大嫌い)
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最奥家。室町の終わり頃、応仁の乱が終結するあたりから伊達家に仕えている上流武士。その血流は源氏のものであり家柄は良いが、過去足利氏と対戦した際大敗を喫し没落。だがその後は着々と力を蓄え、上流の武士にまで這い上がった。伊達家に仕え始めた頃、当時伊達傘下だった最上と対立し、結果最上を独立させてしまったが、戦における功績は高く評価されているため今は重鎮と言う立場にある。
十八代当主、綾兼に子は二人。長女である綾。そして四歳下の弟、勇気丸……後に綾将と名乗る少年である。
最奥家に、男子が必ず家督を継がねばならないと言う規則はないため、綾は幼い頃から武術を仕込まれてきたが、勇気丸が生まれてからと言うもの、彼女に構う人間は誰一人としていなくなった。
(強くなれって言ったのはそっちの癖に)
ただ、彼女の弟だけは、彼女が大好きだった。何かにつけて姉上、姉上、と追い掛け、引っ付いてきた。
「勇気丸、歩きづらい」
「若様、姫様はご迷惑していらっしゃいます。私めと遊びましょう?」
「嫌だ!姉上が良いっ!」
「若様…」
「よーし勇気丸!叔父さんが遊んでやろう!」
「俺姉上と遊ぶもんっ」
彼女にとっては邪魔でしかない弟は、ただ呑気に彼女について回っていた訳でもない。子供でも気付くのだ。彼女が独りでいることくらい。理由はわからない。けれど、せめて自分だけでも彼女の側に。
彼が原因で彼女が独りでいると言うことを彼が知ったのは、彼が九歳の時だった。
「勇気丸、お前の優しい心には感心するが、あまり綾に引っ付くな」
「え…な、何故ですか?」
「綾はな…本当は家督を継ぐ身だった。だがお前が生まれ不要になったのだ。綾は、お前の事をあまり好んではいないだろう」
「そんな…」
「綾は十三…あと一、二年で嫁にいく。お前もそろそろ、綾から離れなさい」
彼女が独りなのは。
(俺のせい…だって言うのかよ…)
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「なぁ聞いたか?睦草殿の若君が政宗様の直属の家臣になったって」
「睦草と言うと…尚継殿か?」
「あぁ。理由は分からないけどな。何にしろ、気に入られたんだろう」
「へぇ、そいつは羨ましい。その内勇気丸様も誘いが来るかもな」
「はは、捨てきれないな、その可能性」