複雑・ファジー小説

Re: 僕と家族と愛情と【五章】 ( No.515 )
日時: 2013/12/25 15:36
名前: ナル姫 (ID: r6RDhzSo)

「…どうする気ですか」
「綾、儂の家臣になれ」
「え?」

表情を変えずに放たれた言葉に、後ろに控えていた綾が戸惑いを見せる。

「家臣…?」
「正直、良く見知ったお前を今更側室として見れん。それにお前がなりたいのは武士だろう」
「…はい」
「お前が強いのは知ってる。勇気丸に隠れて見辛いだけだ。安心しろ、最奥家の安寧は約束する」

鼓動が高まる。堪らなくなり、彼女は父親を見上げた。

「…政宗様」
「何じゃ」
「綾は、戦場で武士として輝けますか?綾を…幸せにして下さいますか?」
「当然。儂を誰だと思っている」

政宗が不敵に笑うと、綾兼は政宗の前に跪いて、頭を下げる。

「娘を…宜しくお願い致します」
「父上…」
「行きなさい、綾」

綾兼は僅かに目に涙を浮かべながら、綾を見る。

「今まですまなかった…幸せになりなさい」

綾は父親と政宗を交互に見た。父親は優しく彼女に微笑み、政宗は彼女に手を差し伸べていた。弟を見れば、力強く頷いていて——もう、迷うことはない。彼女は彼の手を取る。

「最奥綾兼が息女、綾です…宜しくお願いします」


___



綾将は、首のない奇妙な死体という無残な姿となって帰ってきた。

「うわあああ!綾将兄様ぁっ!」
「う、うぇっ…ひっく…」
「…綾将…」

両隣で従弟の二人が泣き喚くのを尻目に、綾は弟の左手を撫でた。何かの拍子で取れたのだろう、左手だけ手袋がなかった。冷たい。さっきまで生きていたとは思えないほど。

「…ごめんね…」

目から溢れる涙は留まることを知らないのだろう。

「私のために生きてくれて…有り難う…大好き」

あまり感情を表に出さない彼女が涙を流しながら薄く微笑んだ。虎丸と獅子丸は目を少し見開き綾を見つめていた。その時。

「綾ッ」
「父上…!」
「伯父上!」

綾兼が来た。

「無事か?怪我はないか?」
「はい…綾兼のおかげで…」
「…そうか…」

綾兼は首のない死体を見つめ、軈て涙を流し始めた。

「綾将…お前は本当に良い子だ…よくやった…ゆっくり眠ってくれ…」

そう言うと、綾兼は家臣達に振り返る。神妙な顔つきの最奥家の家臣達は綾兼の言葉を待った。

「綾将は死んだ…我等は後継者を失った。よって今、新たな最奥家の後継者を決める」

家臣がざわついた。勿論、何の考えもなく後継者を決めるといっているのではない。もし後継者を決めないうちに自分が死んでしまったら……その時の備えだ。尤も、優秀な娘がいるので家督争いは起きないとは思うが、それでも最奥家の絶対安寧のために。

「綾」
「…はい」
「私はお前に昔から無理を押しつけてきた。お前しか家督を継げる者がいなかったとき、お前が立派に当主を務められるように」
「…」
「正直に言ってくれ。家督を継ぎたいか、継ぎたくないか」
「…私は…」

浮かんでは消える、沢山の顔。父、弟、叔父、従弟、家臣達——主。

「継ぎたいです」
「そうか、では」
「けれど」

遮るように続ける。綾は強い視線を父に向ける。

「譲られるまで、政宗様のお側を離れるつもりはありません」
「…綾…」

綾は深く頭を下げた。申し訳ございません、といいながら。

「いや…よく言ってくれた。お前の我儘を聞いたのは久々だ」
「え…私、我儘を言ったことなんて…」
「あるある、一度だけな。いつだったかは教えん」

綾兼は薄く笑い、家臣の統率を始めた。そして彼女には、政宗様の元へ戻りなさい、と囁く。彼女は首を傾げながらも、主も元へ向かう——。

『父上、勇気丸に私は独りでいるのは勇気丸の所為だとでもいったのですか』
『何故分かった』
『勇気丸がよってこないからです!あの子に変なことをいうのは止めて下さい!』
『分かった、気をつけよう…しかし…』
『?』

『初めて、お前の我儘を聞いたなぁ』