複雑・ファジー小説

Re: 僕と家族と愛情と【五章】 ( No.516 )
日時: 2013/12/26 16:19
名前: ナル姫 (ID: r6RDhzSo)

同時刻、政哉の隊──。

「…敵が引き始めたね…」

政哉が呟いた。足軽たちは足を止め、相手が引くのを見ている。空はすっかり橙に染まり、烏の姿も見えなくなってきた。過信の四人は疲れきった顔で溜息をつく。

「僕らも戻ろう。隆昌、足軽の統率をお願い」
「はい」
「あ、そうだ…浜継は大丈夫?」
「あ、はい」

浜継は二刻程前、左足の脹脛ふくらはぎを射られていた。幸い傷は浅かったものの、焼酎で傷を洗い包帯で止血したという応急処置をを施しただけである。城に戻るよう薦めたが、決して首を縦には振らなかった。

「政哉様、兵が纏まりました」
「分かった。行こうか」

兵の統率は実質、一番戦の経験の長い隆昌が行っていた。手際もいいし、何より一番落ち着いている隆昌は政哉の隊の要といっても過言ではない。白金と白銀は歳こそ隆昌と変わらないが、これが初陣であるため、やはり疲れが顔に出ているのが現状だ。浜継は怪我も合わさってか、今日は一層顔色が酷い。

「浜継、やっぱり先に帰りなよ。馬は無事なんだし。僕らは足軽もいるし、ゆっくり戻るから」
「でも」
「良いから。金、浜継に付いていって」
「はっ」

浜継は納得でないというような顔をしたが、やがて軈て諦めたのか白金と共に馬を早く走らせて帰った。


___



「はぁ!?脹脛射られた!?」

珍しく声を荒らげた尚継に、落ち着け、と政宗が声を掛けた。

「…射られたって言っても傷は浅い。傷口も洗ったし、止血もした。心配は要らねぇよ」
「なら…良いけど……明日は安静にしてろよ」
「え?」
「えって…え!?」
「明日も戦場には出るに決まってんだろ!俺は政哉様の下、少しでも功労を立てるんだ!」
「おまっ…それで死んだら元も子も…」
「それならそれで本望だね!」

浜継は睨み付ける様に尚継を見た。政宗は熱くなっている二人を止めることは出来ず、おろおろと二人を交互に見ている。何も言えなくなった様な顔をする尚継を見て、浜継は更に続けた。

「俺はお前のような詭弁家きべんかじゃない、武士だ」

言い切ると、流石に今日は政哉の命もあるからか城へ戻った。政宗が戸惑いながら声を掛けたが、彼には届いていない。

「はぁ…彼奴は…申し訳御座いません政宗様」
「いや、気にしてない…ただ…」
「ただ?」
「何となく…死に急いでいるように見えてな」

刹那の沈黙、尚継が言葉を繋ぐ前に、政宗が、縁起でもないな、悪いと付け足した。

「……」


___



(俺は…彼奴に負けるわけにはいかない)

城内、彼は射られた左足を僅かに引き摺りながら歩いていた。たまに顔をしかめ、歯を食い縛る。手助けは要らない、と浜継に言われ、白金は見守るしか出来ない状況だ。部屋の前に着いたところで、浜継は白金に振り返った。

「有り難う、助かりました白金殿」
「いや…俺は何も…」

頭を振る白金に軽く頭を下げ、そのあと神妙な顔つきになり浜継は言う。

「…その…烏滸がましいけれど、頼みが…」
「…傷は大したことないから、戦に出すよう頼んでくれ……と言うのなら聞きませんが」
「……」

思惑を見透かされ、浜継は口を閉じた。白金はどこか泣きそうな顔をする浜継に、ゆっくりお休みくださいと小さな声で言う。浜継ぐは諦めたように溜息をし、もう一度礼を述べた。


___



布団に寝転び、天井を見上げる。長く息を吐き出し、目を瞑る。

(昔…誉められていたのは…俺なのに…)

いつから、狂ってしまったんだろう。


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十年前、春──。

「おっりゃぁっ!!」
「うわぁっ!!」
「勝負あり!兵三郎!」
「よっ…しゃぁ!!」
「凄いぞ兵三郎!」

そうだ、彼は誉められる側だった。