複雑・ファジー小説

Re: 僕と家族と愛情と【目次リメイク】 ( No.525 )
日時: 2014/01/19 16:56
名前: ナル姫 (ID: nLPrrFyW)

「俺は平気です!戦には出ます!」
「何を言うのだ浜継。傷は浅くて幸いだが、完治するまで参戦は許さんぞ。足手まといになるだけだ」
「あ、足手まといとは心外!俺は睦草一の武勇を誇る者として政哉様の下で戦う所存!それで命尽きるなら本望で…」
「いい加減にしろッ!!」

キン、と耳に声が響く。思わず肩を竦めた。父、朝継は心配そうに彼を見詰めていて、浜継は気まずそうに目を反らした。
お前は強いよ、と朝継の声。再び父に視線を戻すと、朝継は優しく笑った。

「それは認めよう。けどな、浜継…お前はまだ子供だ」
「…親は…矛盾しています…元服すれば大人というのに、何だかんだ子供扱いで…」
「心配だからさ…それに、まだ子供であってほしい願いもな」

さ、もう休みなさい、と優しい顔で朝継は子供の頭を撫でた。父を見上げた少年の顔は、子供の顔になっていた。


___



家訓は、一言一句違わず覚えている。
『万事は武道より。鍛錬を怠る事勿れ。』
全ての事は武道に通ずる事から始まる。だから、鍛錬を面倒臭がって怠ってはいけない。
そう、古い歴氏を持つ睦草家は、武道を重んずる家だった。だから彼は、ひたすらに強さを求め、戦って来た……だが、分かっていた……時代は移り行くと。
浜継──兵三郎は、褒められる側だった。素直で、強くて、武士としての誇りを持つ、戦乱の世に相応しい子供。だが、彼の従兄である、尚継──宗太郎は違った。

「あはは、すみませーん、湯飲み割っちゃいましたー」
「宗太郎ーッ!またかお前はーッ!」

ゴン、と響く拳骨げんこつの音に、兵三郎は冷めた視線を送った。
兵三郎が幼い頃から武術を叩き込まれ、家訓を押し付けられたのには理由があった。その理由が、宗太郎である。宗太郎は物心ついた頃から、武道に精通しようとは毛頭思わなかった。体より頭を動かすのが好き。それより何より話すのが大好きだった宗太郎は、彼の代わりに、と家訓と武術を教え込まれた兵三郎の反感を買った。
宗太郎だって、何も話すのが好きだから話術の道に進もう、と思ったわけではない。幼い頃から聡明だった彼は分かっていたのだ。この家は、時代遅れであると。今は遠い平安の世ではない──滝口の武士だの北面の武士だの、ただ朝廷の番犬と罵られた武者が暴れるだけの時代ではないと。武術を第一とする時代はもう終わった。痛みを与える拷問よりは、血を見ない尋問の方がよっぽどましではないか。
簡単な話、宗太郎は平和主義的な考えを持っていた。戦国の世なら、誰もが非常にならなければいけないとは分かっているが、できるだけ血は見たくない。その人格形成に影響を与えたのが、とある事件だった。

「梵天よ、この兎を殺せ」

少年の前に置かれた、弱った兎。その体は痩せ細り、耳は垂れ、赤い瞳は命乞いをするように少年を見詰めていた。齢八つの少年でも、可哀想だ、と思った。

「──伯父上様」
「ん?」

最上義光は睨む様に隻眼の少年を見たが、少年は怯まずに言った。

「…出来ません」

その直後、義光が発した言葉に動かされ、少年は刀を振り下ろした。呆気にとられた時宗丸、凄惨さに目を見開く若松、そして、悪質な笑みを浮かべる最上の家臣。
宗太郎は、この場にいた。睦草は当時、木野の次に伊達に近く、宗太郎は梵天丸や時宗丸、若松ともよく遊んでいたのだ。
切迫した表情、白い肌に染み付いた鮮血、内臓の飛び散らかった兎──幼い宗太郎を、血を好まない性格にするには十分な材料が揃っていた。そしてこれを許さなかったのが、この時睦草家の当主の座にいた宗太郎の祖父、睦草西有(サイユウ:西有は法名。本名は永継ナガツグ)だった。
西有は気難しい性格で格式に囚われやすかった。家臣が武勇を第一としていたのも、この西有の影響だった。当然、睦草の当主となる者が武芸を好まないなど許はずもなく、ある日彼は伊継に言った。

「伊継、宗太郎を廃嫡せよ」