複雑・ファジー小説

Re: 僕と家族と愛情と【五章】 ( No.529 )
日時: 2014/03/16 15:44
名前: ナル姫 (ID: MjWOxHqS)

「…はぁ…」

尚継は気の抜けた返事をした。当然だろう。睦草家次期当主の話で論争が起こりそうになっていた時に、伊達家の次期当主が直属として自分を欲しいといったのだから当然といえば当然なのだが。

「何じゃその返事は。不服と申すか?」
「あぁいえ、そうじゃないんですけど…でもいずれ直属になるではありませんか…」
「今欲しいと申しておる。儂には優秀な直属が早いうちに必要なのじゃ」

政宗の目は真剣だった……理由は分かっている。弟との対立があるからだろう。自分のほうに多く優秀な家臣がいれば、家臣達は政宗を多く推す。母親の操り人形である弟に家督を渡すわけにはいかないという思いがある筈だ。

「…俺、家督はどうすれば…」
「今は良いだろう別に。家督なんて先の話じゃ。お前が継ぐ頃には儂も当主じゃ。問題なかろう」
「まぁそれもそうですね」

特に拘りも無い、誇りだって高くない、家督は弟が継いだって従弟が継いだって構わない。だが……自分が必要だと言ってくれる、そんな人がいるなら、それについて行ったって良いんじゃないだろうか。隻眼の、小さくて、気が強くて捻くれ者の困った主に。

「言っておきますけど…俺は不便ですよ?それでも良いなら……」

少年は不敵に笑う。

「睦草伊継が嫡男睦草宗太郎尚継……宜しくお願いします」


___



(あれからもう…四年経ったのか…)

尚継は自陣で休憩を取りながらそんな事を考えていた。その前からも当然、自分が政宗の直属となってからは以前より浜継と距離がある。浜継だって今でこそ政哉の家臣として取り立てられているが、父に聞く限りその前までは酷い様子だったという。何も、自分への嫌悪感に駆られていた訳ではないが、痛々しい程に修行をし、夜遅くまで剣を握っていたという。それが、新しくなった睦草に不要であると知っていながらも。それしか自分には出来ないと悟って。

(俺は…)

俺はその頃、何をしていただろうか。

『だから不便だって言ったでしょう』
『わざとかってくらいにな!』
『ふっ、まだまだですね』
『何なんじゃお前は!?』
『あ、そう言えば聞きましたよ。最奥家の嫡男殿が欲しいとか』
『え、あぁ…』
『酷いじゃないですか!』
『何がじゃ!』

(……)

全く、情けない。日常的な、ありふれた会話しか思い出せないなんて。あいつの苦労なんか一片も考えなかったと言うことなのだろうか。それとも、少し想像していた頑張っているあいつを想像していたときの自分の心は、偽善に覆われていたということだろうか。どちらにしろ、嫌な人間だ。
瓢箪の水を飲み干した。と言っても、あまり入っていなかったが。

「…」
「どこへ行く、尚継」
「水を入れてきます。父上の分は…」
「まだある。気にするな」
「はい」


___



「あークソッ!暇暇暇!」

浜継は布団の上で仰向けになっていた。医者には傷の塞がるのが遅くなってはいけないから安静にと言われている。だがこのままでは体が鈍る。それに自分がいない間に戦況に変化があったらどうする。自分はそのときに何も出来なかった不忠者だ。

「…嫌だ」

そんなのは、嫌だ。

「浜継ー!」
「!」

襖が開く。驚いて目をやると、政哉が立っていた。元気そうで安心したのか、彼はにこりと笑う。武装のままのところを見ると、城に戻ってすぐに来たということだろうか。

「良かった、顔色は良いね。怪我の具合はどう?」
「大丈夫です。それより、戦場は…」
「すぐ戻るよ。食料が陣の方で底を尽きそうだから少し取りに来たんだ」
「わざわざ見舞ってくださらずとも」
「僕が見舞いたかったんだ。良いだろ?」

少し拗ねた様に言われ、浜継は苦笑を漏らし、礼を述べた。