複雑・ファジー小説

Re: 僕と家族と愛情と【五章】 ( No.534 )
日時: 2014/03/21 17:23
名前: ナル姫 (ID: MjWOxHqS)

敵軍は歓喜に包まれていた。伊達成実、狙撃ーーこの出来事は、敵味方両軍に少なからず影響を及ぼした。伊達軍きっての猛将が死んでしまえば、伊達など所詮小大名、烏合の衆であると敵軍は余裕の表情を浮かべていた。


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「…よく無傷で帰ってこれたな」

尚継は苦笑して従弟の少年を見た。対して少年は、自分でも驚いていると、素直に答える。

「死んでも仕方ないとは思っていたし、覚悟もしていた…それで、討ち取られる瞬間に、俺は伊達政宗じゃない、様ぁ見ろって言ってやりたかった。今も、生きてる実感がない」

自虐的に笑う。死にたかった何て言わない。ただ、自分達が平和ボケしているうちに政宗と成実が命の危機に晒されていた。それなのに自分達は……そう考えると、情けない。

「…お前は真面目過ぎると思うんだよな」

尚継の声に反応し、それが悪い事なのかと顔を見た。久しぶりに、ちゃんと顔を見詰めた。

「真面目が悪いとは言わないけど…あまり背負いすぎると、そのうち壊れるんじゃないかな」
「……」
「我が睦草の陣は確かに今日平和だった。敵が来なかった。その間に主君は危険な目に遭っている。助かったけど、平和な場所にいた自分が許せない。自分があの危険な場所にいれば良かったのに……心中は、そんなところか?」
「っ……」

何も言えない。当然だ。何もかも的確なのだから。

「そんなことばかり考えていたら、早死にするぞ」

『何となく…死に急いでいるように見えてな』

主は正しかったと、尚継は思う。それは勿論、戦場で華々しく散りたいだとか、主を守って死ねるなら本望だとか、その気持ちを否定したくはない。だが、目の前にいる従弟はまだ彼からすれば幼いのだ。尚継は少年の頭に手を乗せた。

「…浜継、その忠義を否定する権利は俺にはない。けれど、それに取り付かれて死に急ぐなら忠義を捨てろ」

珍しく、怒りを含んだような声が心臓に突き刺さった。言いたいことはわかるが、浜継が素直にそれに頷くことはなかった。

「…主のために死ぬのは…悪いことなのかよ…」
「そうじゃない。ただ、主のためと銘打って死んで済まそうとするのは悪いことだし、何よりまだお前はたったの十六だ」
「だからって」
「お前は家族だ」

ハッとして、浜継は尚継を見詰めた。驚きの色が濃く見える瞳。尚継は溜息をして言葉を紡いだ。

「…睦草はあの日から…御爺様が死んだ日に、家訓を変えた。武道第一という方針は消えた。でも、だからと言って修業を怠けていいなんてことはない。話術ができる人、頭が働く人のみが睦草の人間じゃない」

目頭が熱い。このまま顔を見ていたら雫が垂れそうで、顔を背けた。

「…竹葉の長男が死んだ。最奥の弟が死んだ。まだまだ死者は出るし、成実様だって…縁起が悪いが、助かる保障はない」
「……」
「人が死ぬのを見たくない」

尚継が初めて明かした、本音。だから、お前も死ぬな、と続いた声に、遂に浜継は涙を流した。本当は、あんな大勢に終われて、命を狙われて、怖かった。いつ自分は死ぬのだろう、今だろうか、次だろうかと怯えながら槍を振った。死にたくないという思いではなく、死が怖いという恐怖が心を支配し、体が硬直しそうになっていた。もし、捕まって首を落とされる瞬間が来たとすれば、俺は伊達政宗じゃない、様見ろと敵を馬鹿にする言葉を吐くとき、彼は泣くだろう。今世との別れを惜しむだろう。

「死ぬのが怖くないとか、名誉のある死に方をしたいとか…虚勢を張らなくて良い。人間、普通死ぬのは怖いんだ」
「っ……!」
「…生きてる実感、湧いてきたか?」

浅く頷く。熱い雫が袖を濡らしていた。尚継はしゃがみ、浜継の顔を覗いた。手を伸ばし、頭を撫でる。生きて帰ってきて、良かった。

「……お帰り、兵三郎」
「…ただいま……宗兄」