複雑・ファジー小説
- Re: 僕と家族と愛情と【五章】 ( No.537 )
- 日時: 2014/03/23 09:08
- 名前: ナル姫 (ID: ohlIx/rn)
「昔は宗兄って呼んでたんだね」
くつくつと笑いながら政哉は言った。浜継は顔を赤くし、聞いてましたか、と溜息。黒い髪を揺らし、良いじゃないか、と笑うが、その顔色は悪かった。政哉は、成実狙撃の凶報を聞き付けて先程城に戻ったばかりだった。それでも自分は平気だと言うような彼は痛々しい程の笑顔を見せた。
(…強いなぁ…)
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「…成実様が、撃たれた」
銀髪の策士は、蝋燭の明かりだけを頼りに紙に字を書いた。死んだと決まったわけではないが、危ない状態ではあるし、第一助かっても暫くは動けない。戦力外として見るのが正しいだろう。
「敵は調子乗るやろな。となると、成実様が起き上がれんうちに本陣を取ろうとする筈や。小大名に家臣の足止めをさせて、佐竹や蘆名は本陣狙い……何としてでもそれだけは防がなあかん」
筆を硯の上に置き、深く呼吸をする。定行がいてくれれば、というはかない思いがあったが、すぐに頭から消した。定行は今は自分で自分を抑えるので精一杯だ。河原家との間に何があったのかは知らないが、無理強いは禁物だろう。考えれば考えるほど迷い、頭痛がする。
「あー…あかん、限界…」
頭を抱えてねっころがる。自分にこの状況を打破するなど無理なのだろうか。そう考えることが一番駄目だとはわかっているがそう考えずにはいられない。
「…父様…」
父ならどうしただろう……分からない。自分は父の立てた策を殆ど見たことがない。
「あー、くっそぉ…もろうておくべきやったなぁ、生きとるうちに…父様の考えた作戦が書かれたもん…」
瞳を閉じて、後悔の溜息を吐き出した。今、それは存在しないだろう。和泉家を陥れた彼……黒田官兵衛を筆頭とする、邪魔な織田家家臣を排除していた人々に燃やされてしまった筈だ。涼影は起き上がり、再び筆を持った。自己流でやるしかない。定行の代わりにーー。待てよ、ととある考えが脳裏を過ぎった。
『今私が策を担ったら、何を犠牲にしてでも真っ先に河原を潰すような策を考えてしまいそうで…自分が怖いです』
『戦は私情で行うものではありません』
『目をくり貫いて、指を斬って、踏みつけて…!赦しを請いながら死んでほしいですよ!』
『十年前から、ずっと…消えない恨みです』
彼は打開策を見付けた。この状況からの突破口。そうだ、どうして思い付かなかったんだろうと、彼は興奮して筆を紙上に走らせる。そして、書き終えて眺めた。
「自分、阿呆やなぁ…そうや、こうすれば良かったんや」
口角を上げる。
「先に…河原を潰してしまえばええやん、なぁ?」
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仏堂には大勢の坊主が集められ、一心に念仏を唱えていた。目的は言うまでもなく、成実の救命。成実は、医者の部屋で青い顔をして深い眠りに落ちていた。銃弾は、太股から一つ、脇腹から二つ見付かった。それ以外の銃弾はなく、計三発当たったことが分かった。三発とも腹に当たっていなくて良かった、と医者は言っていたが、まだ成実が助かるとは分からない。銃弾を受けてから城に運ばれるまでに多量の血を流したのだ。おまけに成実はこの軍で誰よりも長く戦地に立ち、誰よりも激しく戦ってきた。体はもう限界の筈、体力を消耗しきった身体はいつまで心の臓を動かせるだろうかと、家臣達は縁起の悪い話をしていた。
成実の正室の光は、ずっと成実の側にいた。一睡もしない、食事も少し箸をつける程度だった。奥方様の体調も心配です、と言った医者の目は、どこか遠くを見るようだった。
「…成実様」
(光を置いて、行かないでください……どうか、どうか……)
彼女は必死になって祈った。成実の冷たい手を強く握り、ただ祈る。
(天の神様、仏様……どなたでも構いません。成実様を御救い下さい。成実様が助かるのなら、この光は命などいりません。光の命に換えても、どうか…)