複雑・ファジー小説

Re: 僕と家族と愛情と【五章】 ( No.547 )
日時: 2014/03/27 19:26
名前: ナル姫 (ID: MjWOxHqS)

「さて、じゃぁ朝が来ないうちに改めて自己紹介を」

朗らかな笑顔で、どことなく中性的な青年ーー秋善は言った。政哉とは初めて会う。政哉は少々身体を固くしてお辞儀した。秋善はケラケラと笑いながら固くならないで良いよ、と声を掛ける。

「えっと、俺達のことは名前くらいは聞いてるかな?」
「い、いえ…成実様の部下としか」
「あれれ、そっかー…」

苦笑いし、その後小さな声でよっぽど余裕ないな、政宗様、と真剣な顔で呟いていた。

「あの…」
「え、あぁごめんごめん。えっと、俺は楠木秋善。楠木家分家の次男。宜しく」
「遠江満信と申す者でございます。遠江家本家の三男です。宜しくお願い致します」
「んー、初めまして?だよね…九重龍久。九重家分家の更に分家の長男…といっても側室の子供…です。宜しく」
「花袋折明と申します……本家の、八男です……」
「八男!?」

驚く政哉に、それもそれも男子は全員正室の子と来た、と秋善が付け足す。それで更に政哉は驚き、ええっと声をあげた。

「まぁ、慣れないだろうけど宜しく。明日は頑張ろうね。今夜は早く休もう。お休み!」


___



(奇襲か…)

天井を見つめ、明日初めて経験する奇襲というものを考える。定行から教わった、桶狭間の戦いを思い出していた。

(東海一の弓取り、駿河の今川義元は、完全に織田信長を嘗めていた。家督を継いだばかりのうつけ者。兵は奪った土地での強奪に夢中で、桶狭間にいたのはほんの数人だった。そこに雨が降ってきて、視界が悪くなったところを、織田信長は少ない人数で突然奇襲を掛けてーー……)

瞼を閉じて、その光景を想像してみる。大雨の中、山を馬でかけおりて、目の前にせまった大将の首をーー……。

「グサッ…なんてね」

言って自虐的に笑う。きっと、そんなに簡単じゃないよ、なんて言い聞かせながら。きっともっと、淡々としているんだと、結局大将首は逃してしまうのだと、織田信長は運が良かったのだと心の底からそう思っていた。期待などしなかった。
果たして、そう、それは確かに簡単ではなかった。定行が背負ってきた十年間の恨みが、大将を簡単に死なせる訳などなかったのだからーー。


___



翌日の早朝、予定通り彼等は出発した。まだ朝早いと言うことがあり、当たりは一面霧に包まれていた。浜継や隆昌、そして成実の家臣とは会話を交わしたが、定行とはまだ会話をしていなかった。定行が朝から無言で、とても話し掛けられそうな雰囲気ではない。それを感じ取ったのか、お喋りな秋善は政哉に沢山話し掛けてくれた。

「政哉様緊張しすぎー、ほらほら肩の力抜いて!」
「う、うん」
「楠木殿、政哉様は目上のお方でございますよ」
「いやいや!そんな目上だなんて!気にしないでください!」

これから奇襲だとは思えない程気楽な空気だったが、太陽が上りきった当たりから会話が減った。ただ馬が草を踏む音だけが響く。

「…あの、遠江殿」
「はい、御林殿?」
「この策の真意は…何なのです?まさか、討ち取り易いだけが理由ではないでしょう…?」
「…そうですね…しかし我々にもその真意は伝えられておりませぬ故、何ともお答えできませぬ」
「……」

その言葉は信じた。だが隆昌はこの奇襲の裏にある目的を何とか考えていた。それでも時は無情に過ぎ、敵軍はすぐ間近に迫っていた。林に潜み、河原の本陣を見る。

(…景就が…あそこにいる…)

法螺貝が鳴った。同時に、本陣の前にいた兵達が一斉に離れて行った。

(予想通り…河原の本陣は殆ど空状態ですね)
「行くぞ!」
「ハッ」

秋善の声を合図に彼等は一気に空状態の河原家に突っ込んだ。幕を倒し、強行突破する。中にいたのは本当に数人で、重臣であろう男が三人、側近らしき初老の男性が一人、そして中心にいたのは、大将の河原景就であった。

「な、何事だ!?」
「っ!景就様っ!あれはまさか…」

大将以外の四人はあっという間に殺され、景就は慌てすぎてその場に転んでいた。他でもない定行が彼を踏み付ける。

「生きて…いたのか…!?」
「あぁ…久しぶりだな…景就…!」