複雑・ファジー小説
- Re: 僕と家族と愛情と【五章】 ( No.549 )
- 日時: 2014/03/28 18:30
- 名前: ナル姫 (ID: MjWOxHqS)
グ ロ & 狂 気 注 意 !
その場が静まり返った。誰一人として声を出せない。目の前で敵大将を踏み付けている青年が自分達の味方であることすら分からなくなりそうだった。誰よりも混乱したのは小さな少年だろう。従者である赤毛が、今日は朝から一言も喋らずにただ無表情でここまで来たのに、ここに来て急に人が変わったようだ。地面の死体と血は、青年ーー定行の行動を更に残酷に見せることに一役買っていた。そして、少年は初めて思った。定行の髪と瞳の色は、まるで血のようだと。
「何故…何故だ!木野家は、木野家はあの日滅んだ筈…!生き残りの噂は本当だったと言うのか…!」
「…知らないな、そんな噂があったのか?」
「お前ではない…女だ」
俄に、定行の眉間が動く。女ーー木野家の女に生き残りがいる噂があると、目の前の敵は言った。可能性はすぐに消し去った。ありえない。あの日生き残ったのは自分一人だ。
「きっとその噂は…噂に過ぎないだろうよ」
言いながら定行は器用に鎧の紐を切り、甲冑を剥がした。景就の瞳は恐怖に震え、必死になって命乞いを始めた。
「ままま待ってくれ!俺だって、それは、この、主の命令で!」
「今更命乞いか?みっともないにも程があるぞ」
定行は刀を持ち上げる。地面に平行に。どこを痛め付けるつもりか、まだ分からなかった。
「まずは…その逃げ足の早い足を切り落とさなきゃな」
「あ、あ…ぐぁぁぁぁああっ!!」
切断されたのは足首だった。そこから、次はふくらはぎ、そして膝、太股を切断していく。隆昌は膝まで切断されたとき、咄嗟に政哉の両目を手で隠そうとしたが、浜継がそうはさせなかった。
「っ…睦草殿っ!」
「…いずれ、こんな光景、いくらでも見なければいけなくなります。いくら、政哉様が初陣でも。行っているのが、信頼する教育係でも」
定行は躊躇なく切断を続け、遂にその刃は胴体まで至った。斬られる毎に苦悶の声をあげていた景就だったが、もうそんな声も出ないのだろう、時折短い音を口から漏らすだけで、煩い声など聞こえない。十分だろうと誰もが思った。だがそれでも足りないくらい、十年の恨みは大きい。胴体は二分の一を斬られると、定行は今度は左手の指から斬り始めた。当たり一面は血で染まり、斬られた胴体からは背骨と腸が見えていた。勿論、何でも斬れるわけではないため、汚らしく切断された太股等は骨で繋がっている。赤いのは血だけではなかった。飛び散った肉片も真っ赤で、定行が足や腕を踏む度に、ぐちゃり、と気持ちの悪い音がする。切り口から、ぐにゃぐにゃとした肉が飛び出す。
「…死んだか?」
返事はない。酷い有様だった。斬られた景就も、返り血にまみれた定行も。死んだ、と判断した定行は、またも刃を振り上げてその体を切り刻んだ。見間違いでなければ、愉しそうに口角をあげている。政哉は、ただ茫然自失とその光景を見ていた。恐らく、状況が理解できていなかったのだろう。だからずっと見ていたし、止めさせたり怖がったりもできなかった。それでも本来の聡さは衰えておらず、状況の理解を漸く始めた頭が警鐘を鳴らした。
ーーヤメサセロ。
くいっと陣羽織が引っ張られた。後ろを見ると、小さな主が俯いた状態で赤い陣羽織を引いている。浜継達は反応に遅れ、政哉に声を掛けられなかった。政哉は、定行の赤い陣羽織を引いて何かを小さな声で言っている。とても聞き取れるような声ではないが、それでも彼に長年仕えてきた定行には分かった。
「…止めて…お願い、止めて…」
「……」
定行は政哉から視線を外し、もう一度景就を見た。汚い、という感情だけがそこに存在した。
「…はい」
言うと、急に力が抜けたようにその場に膝から崩れ落ちる。両膝が地面に着くと血が跳ねた。
「定行っ…」
生気のない定行の目を心配そうに見つめる。定行は申し訳ございません、と消えそうな声で呟いた。政哉は頭を振り、彼を立たせる。そして後ろにいる六人に薄く笑顔を見せた。帰ろう、という言葉を添えて。