複雑・ファジー小説
- Re: 僕と家族と愛情と【五章】 ( No.563 )
- 日時: 2014/04/25 22:20
- 名前: ナル姫 (ID: ohlIx/rn)
「まぁぶっちゃけると、俺は別に良いと思うんですよね、貴方が伊達を攻めても」
「……何?」
「いやー、だってうちの家臣は…って、これじゃまるで俺の家臣みたいですね。伊達の家臣は優秀ですよ?特に…まぁ、分かりますよね?伊達家一の鬼才の持ち主を」
義光は額に僅かに冷や汗を流して、若松、と呟いた。
「そう!木野家最後の天才!木野定行さんです!」
ぱあっと表情を明るくし、両手を斜め上に広げる。何て素晴らしいことだろう、この家にはこんなに素晴らしい才能を持った人がいるんだ、とでも言いたげな瞳を、義光は不快そうに見詰めていた。彼にはまだ余裕があった。言い返す余地があった。
「だが、良いのか?成実が撃たれた今、あの銀髪の軍司だけの策では戦況は苦しかろう」
「あはは、何言ってんです、義光様。定行さん、戦が始まってから数日しか策を作ってませんよ?」
義光の目が見開いた。そして尚継の目が確信したように光る。この男はーー最上義光は、今までの戦況を、定行と涼影が共同で策を作った上で、何とか保っているものだと思い込んでいたに違いない。愚かしい、と頭の片隅で考えながら、青年は仕上げを始める。
「まぁ、涼影だけでも軍を保つくらいの力量はあるってことですよ。貴方は、定行さんの力を完全に嘗めてましたね?そういうわけで、まぁ定行さんはどっちにしろ人取り橋の方の策には当分手をつけないでしょうし…そういうことです。だから…帰って頂けます?」
清々しい程に悪意を込めた笑顔を見せると義光の拳は怒りに震えた。歯を食い縛り憎々しい顔をする義光を見て、更に畳み掛けたくなる。どうしてそんな顔をするのですか、と。潰されたくないなら伊達にちゃんと協力すれば良いではないですか、と。とにかく、彼が嫌いな暴力に発展しなくて済んだ、と安堵した瞬間だった。
「っ…貴様ーーっ!!」
「お待ちなさい」
義光が感情に任せて立ち上がり、刀を抜こうと柄に手をかけたその時、静かに襖が開いて、妖艶な声が響いた。政宗がビクッと肩を揺らす。恐る恐る後ろを振り向くと、そこには幼い頃からずっと愛しくて、求めていたのに、何よりも恐れている人がいた。
「…保春院様、どうしてここに?」
綾の凛とした声が渡る。彼女は綾の問いを無視し、政宗と義光の間に座った。
「何をしておる、妹よ」
「分かりませぬか」
そして彼女は、こう言い放った。
「どうしても戦うと言うならば、私を斬ってからお始めなさい」
___
「成実様のご容態があまり宜しくないようですね」
隆昌は満信にそう零した。
「えぇ…政宗様も早く帰ってきてくだされば宜しいのですが…そう簡単にはいきませんね」
自虐的に苦笑した彼に、隆昌も少し笑みを浮かべた。だがーーその心は暗雲で覆われていた。もし、もし本当に成実が死んでしまったら、伊達はどうなるのだろうと考え、ついでーー自身の過去についても、少しだけ。
「まぁ、成実様は丈夫ですから」
「……遠江殿…」
「そうそう!」
「!楠木殿!聞いていらっしゃったのですか!」
「少しだけね。成実様が伊達家と政宗様、政哉様や錦織様を置いて逝くはずないって思てっさー」
朗らかに語るその表情も疲れていた。仕方ない。主人が生きるか死ぬかの瀬戸際にいるのだ。精神的な疲労はとても大きなものがあるだろう。
「……そういえば、九重殿と花袋殿は…?」
「あぁ、折明は三番目くらいのお兄さんに呼び出されてて。龍久はまた城下かなー」
「…城下?」
「成実様はお優しい方でね、戦になると親が死んでしまったり食べ物がなくなったりするでしょ?だから侍女にお握りを作らせて龍久に城下の子供に配って来いってよく言われててね」
記憶が蘇る。よく彼の友人が言っていた言葉を。
『城下の人に気を配れなきゃ、大名失格だ』